岐路に立つ日本の原子力

遠藤 哲也元原子力委員会委員長代理 遠藤 哲也

電力安定供給に不可欠
福島事故は避けられた人災

 日本の原発は今岐路に立っている。極言すれば、このままの状態が続けば自然死する恐れさえある。2011年3月11日の福島第1原発事故以降、世論は厳しく、既存の原発の再稼働は始まったものの(現在は5基が動いている)、その動きは遅々としており、新規建設は見通せない。原発の法定寿命は40年、延長しても60年が限度だから、新規建設がないと今世紀中頃には、日本から原発が消えてしまう。福島事故の後始末も問題山積である。日本は原子力開発の黎明(れいめい)期の1950年代から核燃料サイクル路線を基本方針としてきたが、その主軸である使用済み燃料の再処理と高速増殖炉開発も順調に進んでいない。青森県・六ケ所村の再処理工場の操業は遅れに遅れているし、高速増殖炉「もんじゅ」も廃炉の羽目になった。頼みの綱としていた原発輸出も内憂外患続きで楽観できない。

 このような現状を座視して良いのだろうか。不確実、不安定な国際情勢、日本の置かれた地政学的な状況などを考えると、そうは思われない。ある程度の原子力発電と、核燃料サイクルは必要不可欠である。

 エネルギー(電気がその大きな構成要素である)は経済、国民生活の大動脈であるが、日本のエネルギー自給率はわずか6%で、先進国のうち最下位である。しかも島国であるから、欧州諸国などと違って、困った時に近隣諸国から供給を受けることができない。また、日本は東と西で電力の周波数が違い、相互に融通し合うのに大きな制約がある。

 エネルギー源、特に電力源としては、石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料、原子力と水力、太陽光、風力、地熱などの再生可能エネルギー(自然エネルギー)があるが、ベースロード源たるには安全性、経済性、供給安定性、および環境適合性の四つの条件を満たすことが必要である。まず、化石燃料だが、石炭は世界にかなり大量に、あまねく存在しているが、温暖化ガス排出の元凶である。石油、天然ガスの二酸化炭素排出は石炭に比べれば少ないが、有限な資源である。特に日本の場合、中東への依存度があまりにも高過ぎる。自然エネルギーのうち、水力は日本ではほぼ限界に達していて、今後の開発の余地はほとんどない。太陽光、風力はクリーンで無尽蔵なので、今後一層開発に努力をすべきだが、何分、供給安定性に欠け、今後大容量の蓄電装置の開発がなされないと、これに大きく頼るには限度がある。

 本題の原子力だが、前述のエネルギー4条件に照合してみる。経済性については、当初の設備投資には相当の金がかかるが、燃料コストは低く、発電価格全体としては割安である。環境適合性は原発は温暖化ガスを排出しないので全く問題がない。原子力なくして、日本はどうやってパリ協定の目標を実現しようとしているのか? 供給安定性については、ウラン燃料は政情の安定した先進国を中心に存在しており、かつエネルギー密度が高いので、備蓄も容易であり、さらに核燃料サイクルが実用化されれば、燃料の心配はなくなる。従って原発は準国産エネルギーと言ってもよかろう。

 原発はこれらの条件に適したものだが、国民が最も不安に思うのが安全性である。福島事故を経験した国民は、原発の利点は認めるとしても、事故が起これば被害は大きく、広範囲に及び、影響が長期化することを恐れ、特に地震国、火山国、津波国の日本では、確かに天災を避けることはできないが、その影響は人知によって、相当程度、抑えることができる。日本は福島事故を反面教師として、政府も事業者も安全の強化に努め、今後とも過酷事故にも十分に耐えられるようにし、安全の一層の向上、事故対策の充実が求められている。ちなみに、福島事故のきっかけは地震と津波であったが、あのように過酷事故にしたのは、作為不作為の人為であり、人災であった。筆者もその一員であった民間事故調査委員会の報告書の結論である。歴史にイフはないが、避けることのできた事故であった。

 このように原発は、エネルギー自給率が極端に低く、島国でかつ経済大国である日本にとっては必要だが、福島事故以降、全原発が停止しても、日本は何とかやってゆけたではないかとの意見が一部にある。だが、そのためには老朽化し、退役していた火力発電所を再稼働するという綱渡りしていることもあり、また火力発電のたき増しによって、年間約3兆円もの化石燃料の追加輸入で凌(しの)いでいるという現実があることを忘れてはいけない。

 日本の中・長期的なエネルギー安全保障のためには、化石燃料、再生可能エネルギーおよび原子力のベストミックスが最も望ましく、総電力の2割程度の原子力を維持していくことが必要である。そのためにどうすれば良いのか。何よりも福島事故で損なわれた原子力に対する国民の信頼を取り戻すことであり、そのためには日本のエネルギー事情、その中での原子力の役割について、丁寧かつ粘り強く説明を続けていくことである。政治のレベルでは、首相官邸が強いリーダーシップを発揮することが望まれる。既存原発の再稼働を軌道に乗せるとともに、早急に新規建設の目途をつけること、新型炉の研究開発で、人材面の手当てを行っていく必要がある。

(えんどう・てつや)