「航行の自由作戦」と日本
豪印と共に参加検討を
中国による現状変更認めず
2015年10月27日、アメリカのミサイル駆逐艦ラッセンは、中国が埋め立てた前哨基地スービ礁から12カイリ以内の航行を開始した。スービサンゴ礁は、中国が1988年以来占領し、埋め立て、2014年には約4平方キロの前哨基地となった。この「航行の自由作戦」(FONOP)開始に際してのアメリカの公式発表は、「国際法に適合した通常の出動であり、南シナ海における対立する領土請求権に対する結論を表明するものではない。しかし、この『航行の自由作戦』は、アメリカがこの海域における航行の自由の制限を受け入れないことを顕示するものである」とした。
この作戦遂行に先立ちアメリカ上院で野党(共和党)の有力議員の強力な後押しが行われた。ボブ・コーカー外務委員長(共和党)とジョン・マケイン軍事委員長(共和党)は、カーター国防長官とケリー国務長官に対し南シナ海における現状変更反対への対応を訴えた。つまりマケインによれば、この地域でのオバマ政権の控え目な政策が危険な瑕疵(かし)行為と成り得る。なぜなら、この政策が現実には中国の支配請求の承認を意味するからである。
実際にアメリカのオバマ政権は、15年後半まで、南シナ海の中国による土地造成と軍事基地化の現実を無視してきた。同年10月のミサイル駆逐艦ラッセンの出動は、12年以来この地域における最初の作戦出動であった。
ミサイル駆逐艦ラッセンの出動作戦によって中国に対していかなるメッセージが発せられるべきかについては争いがあった。つまりスービ礁は中国によって埋め立て造成された代物であり、従って国連海洋法条約(UNCLOS)第13条によれば、中国は12カイリの領海を請求できない。その限りでアメリカの航行の自由作戦は、「無害航行」を意味しない。なぜなら、無害航行は領海内の航行を意味し、しかもその際に、その領海が欠けているからである。あるいはアメリカのラッセン駆逐艦は「航行の自由作戦」によってスービサンゴ礁12カイリ以内の無害航行によって間接的に中国の領海を認めた解釈にならないだろうか。しかし、それは本来のアメリカの目的ではない。誤解を払底するためにも「公海上での作戦」との修正が必要ではなかろうか。
いずれにせよラッセン駆逐艦の「航行の自由作戦」は、中国が新たに造築した基地が自由航行の現状を変えさせないとするアメリカの意思の表明に他ならない。
さらに、16年1月のアメリカのミサイル駆逐艦カーチス・ウィルバーのトリトン島周辺への出動は、中国とベトナムの過剰請求への対応であった。この際の航行作戦では、中国とベトナムの請求を無視して事前通告なしに行われた。周知のごとく、「航行の自由作戦」の目的は、アメリカが中国による造成基地とそれにつながる領海請求に意識的に反対する行動によって、占有権の発生を阻止しようとするものである。
公海は、国連海洋法条約によれば、沿岸諸国がいかなる領土主権的権利も行使しない全ての海域を包括する。しかしそのことは、自国領域の画定が沿岸諸国の自由裁量下に置かれていることを意味するものではない。つまり海域の拡張には明確な制限が付されている。領海は12カイリ、排他的経済水域は200カイリを超えてはならない。
1996年以来、国連海洋法条約の当事国である中国とは異なり、アメリカはいまだこの条約に加入していない。しかし83年3月10日、レーガン大統領は「合衆国大洋政策」として、他の諸国がアメリカ合衆国と国際法の権利と自由を尊重する限り、この条約に合致して、他の諸国の航行権とその上空飛行権が尊重されるとした。この大洋政策に合致し、アメリカは、世界全体でその航行権および上空通過権を行使し、しかもこの権利を制限する一方的措置を受け入れようとしない。
現行海洋法の基準原理は、フーゴ・グロチウスが提唱し、海を人類の公共財と見なす自由な海(Mare liberum)である。なぜなら海は、その本性からして人類の全ての利用に供されているからである。これに対し、ジョーン・セルデンは1635年、閉ざされた海(Mare clausum)の意味における排他的権利請求権が存在するとの見解を表明した。なぜなら、獲得した海域を軍事手段で統制することによって、海域に対する国家権力を獲得かつ行使することが可能だからだ。前記の歴史的事実を現代に投影するならば、自由な海の提唱国はアメリカで、これに対し、閉ざされた海の提唱国はなかんずく中国と言えよう。
周知のごとく、アメリカは1945年以来、世界の自由貿易の発展のために海路を開き、かつ安全に保つために、その費用と負担を担ってきた。しかもアメリカ太平洋艦隊司令官によれば、将来もアメリカの「航行の自由作戦」の回数は増えこそすれ、減少する予定はない。日本も、この「航行の自由作戦」への参加について本格的に熟慮する必要がなかろうか。いや日本だけではなく、明確な基準の下に、オーストラリア、インドそして東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の一部もこれに参加するように誘い掛けることも検討対象にならないだろうか。
(こばやし・ひろあき)






