多様性ある社会を目指して

柏木 茂雄慶應義塾大学特別招聘教授 茂雄

必要な国民の意識改革
再チャレンジ助ける体制を

 今月初め、国内主要企業の多くが来春採用予定者を集めて内定式を開いた。女子内定者の一人が「定年までこの会社で頑張ります」と決意表明している姿をテレビで見て、エールを送りたいと思う一方「大丈夫かい?」と聞いてみたくなった。彼女は今後予想される世界の激変に気付いているのだろうか?

 人工知能等の出現は職業の在り方を激変させ、今ある仕事が消滅する一方、まだ見ぬ新しい仕事が出現するであろう。彼女の就職予定先は今のまま存続できるだろうか? 我が国でも欧米のように年齢による解雇が禁止され「定年」の概念はなくなるかもしれない。

 世界の大きな変化にうまく適応できる国は発展を続けるが、変化に取り残された国は国自体がジリ貧になってしまう。彼女だけでなく、我が国全体としても大丈夫だろうか。

 少子高齢化が進む我が国では人的資源の数だけでなく、一人ひとりの潜在力を引き出すための制度や環境の整備が喫緊の課題である。働き方改革が政府の重要な政策課題となり、「多様性」がキーワードとなっている。しかし、重要なのは「多様性」にも多様な側面があるという点だ。

 多様性を女性の活躍推進と捉える向きが多く、その面での一層の努力の必要性が強調されている。しかし、我が国は性別だけでなく、年齢、国籍、人種、学歴等あらゆる面での多様性実現の努力が遅れている。また、そもそも何故に多様性が望ましく、必要なのかについての認識もまだ低い。

 筆者は国際通貨基金(IMF)等の国際機関で通算12年間働き、文字通り多様なバックグラウンドを持った人たちと働くという貴重な経験をした。そこでは国籍、人種、母国語、宗教、考え方等が異なるものの、英語という共通言語を使い、経済学という共通ツールを使って、世界経済のために貢献したいという共通の使命感を持った優秀な人たちが世界中から集まっていた。そのような環境での仕事は困難も多かったが多様な人たちとの付き合いや議論は常に刺激があり建設的で楽しいものだった。

 このような職場は同質性が高く阿吽(あうん)の呼吸で話が通じる日本の職場と大きく異なり、日本人が容易に馴染(なじ)める環境とは言い難い。それでもグローバル化は国内でもこのような職場を増大させ、多様性は受け入れざるを得ないものとして捉えられるようになってきた。

 しかし、多様性はそのように覚悟して「受け入れざるを得ないもの」だろうか? むしろ、メリットを認識し、積極的に受け入れる価値があるという考え方はとれないものか。多様性が生み出す環境をもっと肯定的に捉えるべきではないだろうか。激変する世界において我が国が適切に対応するために必要なことのように思う。

 多様性を尊ぶ考え方が我が国において育たなかったことには学校教育の責任もある。給食や制服等により均質化が求められ、組体操等により団体行動を教え込まれる一方、多様性は教えられなかった。人間は自分と異なるものと遭遇することによって自分をより良く知ることになる。しかし、学校教育で異なるものとの遭遇や協働を教えられなかったため、自分のことをよく知らない、あるいは自分の意見をはっきり主張できない日本人が多い。

 それだけでなく、一人ひとりの多様な働き方、多様な人生を認め肯定することも重要だ。我が国は他人と異なる人生あるいは路線変更に対してまだ冷淡な面があり、変化が激しくなる世界ではこの点を改める必要がある。

 大学での専攻分野は概(おおむ)ね入学時に決定され、その後の路線変更は不可能ではないが稀(まれ)だ。100年以上前に設立された学部が、学問の融合が進んだ今日においても垣根として存在し、若い人の興味や関心の変化に対して寛容でないのは残念だ。

 新卒一括採用という我が国独特の採用制度も横並び意識を助長している。採用時期が諸外国と異なることによって、大学及び学生のグローバル化にとって足かせとなっている。

 卒業後の転職もハードルが低くなりつつあるが、仕事の内容自体が大きく変化する時代においては社会の一層の流動化が必要である。進路変更や再チャレンジを容易とし、新たな能力獲得を積極的に支援するような体制づくりが望まれる。

 これらについて政府による働き方改革推進も重要であるが、本当に必要なのは国民一人ひとりの意識改革であろう。

 若い人にはリスクを恐れず新しいことにチャレンジする気持ちとともに必要な知識・技能の習得に励んでもらいたい。働き盛りの世代には、変化を恐れず積極的に改革を推進する気概を持ってほしい。そして、団塊世代以上は、過去のやり方にしがみつかず新しいやり方を温かく見守る気概を持ってほしい。現状を変えるためには一人ひとりの努力が重要である。

 かしわぎ しげお 昭和48年、慶應義塾大学経済学部卒業後、大蔵省(現財務省)入省。米国プリンストン大学修士。国際通貨基金(IMF)及びアジア開発銀行に合計12年間出向。IMF理事を最後に財務省退官。慶應義塾大学大学院商学研究科教授を経て本年4月より現職。これまでの行政経験、国際経験を踏まえ、日本経済、財政政策、国際金融等、生きた経済を英語で教えている。特定非営利活動法人「国際人材創出支援センター」理事も務める。