自衛隊と地方の防災演習

茅原 郁生4拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

進むプッシュ型支援

信頼で結ばれた協力と連携

 6月から「平成28年度自衛隊統合防災演習(28JXR)」が実施されている。防衛省オピニオンリーダーに委嘱されている筆者は、28JXRの一環として陸上自衛隊・東部方面隊総監部が中心となる防災訓練を見学する機会に恵まれた。

 折から五百旗頭真著『大災害の時代』が発刊され、日本列島の地震活動は1995年の阪神・淡路大震災を契機に平穏期から活性期に転じたという本書の指摘は、説得力がある。また、東日本大震災など超弩級(ちょうどきゅう)災害のほかに熊本地震、御嶽山の火山噴火、豪雨水害や大型台風など各様の自然災害が全国各地を覆っているが、その都度、自衛隊が出動し、目覚ましい救援活動が展開されている。その真摯な取り組みと準備を28JXRに見ることができ、そこで受けた感銘など所感として報告したい。

 28JXRは、南海トラフ地震発生をテーマ(昨年度は首都直下地震)に自衛隊と関係機関がいかに連携するか、震災対処能力の向上を図る目的で実施されている。見学したのは二つの現場、すなわち朝霞駐屯地内では東方総監部を中心とする災害出動を想定した指揮幕僚活動と、富士山・静岡空港内では静岡県地域に出動した救援部隊の活動に必要な兵站(へいたん)物資の補給活動の実働訓練を見た。

 まず、6月28日に東方総監部施設内での自衛隊の指揮幕僚活動とともに、国や地方自治体など関係機関から危機管理部門職員66名が参加し、机上演習(TTX)での連携や協働状況を見学した。参加した関係機関には、内閣府、厚生労働省、国土交通省、気象庁など国の機関、東京都はじめ関東の各県、主要都市など21自治体、さらに指定公共機関として首都高速道路、東京電力、医療部門では東京DMATなど7団体から防災関係の専門職が集まっていた。

 研修の主テーマは、先の熊本地震で初めて実施された「押し出し方式(プッシュ型)」による生活支援だった。プッシュ型とは、安倍政権で打ち出され、現地からの要請を待ったこれまでの支援ではなく、中央からトップダウンで必要と思われる支援や物資などを迅速に現場に押し出し供給する方式である。演習では南海トラフ地震発災時にいかにプッシュ型支援をするか、その実効性の向上が追求され、このために熊本地震における教訓を探りながら南海トラフ地震時の応用が検討されていた。

 熊本地震では、周知のように中谷防衛大臣が4月16日早朝に大規模震災に指定するとともに、西方総監をトップに統合任務部隊を組織し災害派遣を命じた。出動した自衛隊は延べ81・4万人(1日最大2・6万人)、航空機延べ2600機、艦艇延べ300隻にのぼっている。今次研修の舞台となった東部方面隊からは第12旅団を中心に2600人、航空機10機が派遣されている。ちなみにその活動は人命救助、給水支援、生活物資の輸送、航空機活動、輸送支援、給食支援、入浴支援、医療支援など広範に及んでいた。

 その実体験で得られた教訓が、28JXRを通じて関東一円の地方自治体や公共団体からの参加者にも共有されていた。さらに、自衛隊に加えて政府・自治体なども参加して、プッシュ型支援での各行政区への支援、現地での自衛隊と行政部門との連絡調整要領などの課題が検討されていた。

 また7日には、指揮所演習のほかに富士山・静岡空港の一角に関東地区補給処によって設置された兵站支援施設とその活動を見学した。空港内の2㌶の地籍に大型テントが張り巡らされ、食糧補給群、ドラム缶野積みの燃料補給所、車両機材の整備工場などが展開していた。そこには静岡県の危機管理課長以下職員も参加して黙々と演習が続けられた。

 多くの災害で国民の期待に応える自衛隊の救援活動は、見てきたように地道ではあっても新事態に備えて研究し、準備訓練を重ねる努力があって初めてできるのだと納得できた。特に、自衛隊と国や地方自治体・関係機関が平素から連携をとりながら準備している実態に強い感銘を受けた。

 私事で恐縮だが、陸上自衛官OBである筆者も現役時代に数度の災害派遣に出動してきた。自衛隊と自治体などとの連携の重要性については、30余年前に伊丹市に駐屯する第36普通科連隊長時代の経験が想起された。当時36連隊の防災担当隊区は大阪府と兵庫県にまたがっていたが、当時の両自治体の対応は対照的であった。大阪府側は1000名近い実働部隊を握る連隊長を府の防災委員に委嘱し、防災会議や訓練にも積極的に招くなど協力・連携関係ができていたが、当時の兵庫県側は自衛隊との連携には積極的ではなく歯がゆい思いをしてきた。案の定、その数年後の阪神・淡路大震災に際しては、県側の要請がなければ自衛隊は動けない当時の法制下にあって、自衛隊の出動が初動において遅れたことは周知の通りである。

 この観点からも28JXRの見学で自衛隊の出動条件の改善や自治体などとの協力連携の信頼関係が結ばれ、強化されていることに強い感銘を覚えた。また、自衛隊が直近の熊本地震から教訓を探りながら防災体制を日々進化させ、真摯に準備訓練に励む姿勢に接して大変心強く感じた次第である。そして、自衛隊や関係機関が黙々と準備を整える努力こそ国民の信頼に応える活動の原動力だと痛感し、関係者のご尽力に感謝の念を強めた研修であった。

(かやはら・いくお)