原子力発電の継続を求める

大藏 雄之助評論家 大藏 雄之助

規制委安全審査で運営

遺憾な高浜差し止め仮処分

 「3・11」と呼ばれる東日本大震災の大災害から5年が過ぎた。前回が昭和8年(1933年)3月3日の三陸地震だから78年ぶりであった。まさに寺田寅彦の「天災は忘れたころにやってくる」という名言通りである。しかし、それは実は少し違うのではないだろうか。

 戦前の東北地方は私の記憶にある限り、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の詩のように貧しい印象だった。晴天が続けば水不足で干ばつとなり、しばしば冷夏によって不作に悩まされた。多くの農家で娘が売りに出された。2・26事件を起こした陸軍の下級将校はこの悲惨な実情を「昭和維新」で一掃したいと考えていた。また、徴兵で軍隊に入った若者は「初めて白米の飯を食った」と喜んだと言う。

 有史以来何度となく大津波にも襲われた。それでも農民も漁民も祖先伝来の土地を離れることなく、荒れた田を耕し、舟を修理して海に出た。こうして生きていくことが、天災の爪痕を消し、犠牲者を忘れ去る作業だったのではないか。

 けれども今回は違った。福島第一原発事故によって、現場周辺地域の大多数の住民が故郷を捨てた。捨てざるを得なかった。しかも相当の年月、思い出多い土地に戻ることさえままならない。すべて目に見えない放射能のしからしめるところである。

 この責任のほとんどは東京電力にある。これほどの津波は想定外だった、ではすまされない。予備の電源を高い位置につけておくだけで、原子炉の冷却は可能だったはずだ。その後のことも考慮すれば、東電は国有化すべきだった。

 今後、長期的に電力の供給源として原子力に20%以上を依存するという計画ならば、被災者の住居建設、補償金支給、土地再生整備を含めて一括して国が管理しなければならない。ましてや原子炉一つを廃炉にするだけでも数十年を要すると言い、その間に何が起こるかわからない状態を株式会社の裁量にゆだねるというのは、事故発生当時の首相の愚かな意思表示の後遺症であろう。

 原子力発電が他のエネルギー源と比較して安いか高いかはいろいろ議論が分かれる。だが、太陽光や風力や潮流や地熱などによる発電はまだ実用には程遠い。小規模の水力発電は限界に達している。安定的に供給できるのは火力発電であるが、燃料の石油は価格変動が激しく負担が大きい。同時に二酸化炭素(CO2)など排出ガス発生の問題もある。そこで適正なエネルギー構成比を維持するためには原子力が欠かせないことになる。

 また、エネルギー問題でヨーロッパ諸国と比較することはあまり意味がない。原子力発電全廃を宣言したドイツはフランスから電力を輸入することが容易であり、現在それが揺るぎそうで政策変更を迫られているらしい。

 アジアについては中国が急速に原子力発電への移行を公表している。中国全土のエネルギー需要を予測すれば当然のことで、驚くにはあたらない。

 驚くべきことはわが国で、大津地裁が、関西電力高浜原子力発電所の3号機(運転中)と4号機(運転中止中)の差し止め仮処分を決定したことである。

 原子力発電は発電所の所在地の自治体の承認を必要とする。高浜の場合、福井県と高浜町の同意が出ている。ただ高浜原発は京都府に隣接しているために、付近の京都府民の一部が事故に際して危険があるとして運転差し止めの仮処分を申請していた。

 高浜原発はすでに去年の4月に地元の反対派が提出した差し止め請求に福井地裁が仮処分の決定をしたが、8カ月後に同じ福井地裁の裁判で仮処分が取り消された。その最も基本的な論点は、原子力規制委員会が、福島原発事故以後の厳しい基準に照らして再稼働を許可している以上、司法は専門家の判断を尊重すべきだというものだった。

 ところが、今回大津地裁は、関西電力の安全対策が十分ではないと判定した。十分な安全対策がいかなるものかは明らかではない。原子力規制委員会の田中委員長が激怒したのは理解できる。このようなことでは、また別の差し止め仮処分が提起され、採択されるかもしれない。その後、四国電力の伊方原発が再稼働したが、これも今後異議申し出がないとは限らない。

 現在、全国的な世論調査では原発反対の方が多数派である。安全のためには原発をなくすのが手早い。小泉純一郎元首相らはそのような考えであろう。もっとも、核廃棄物が危険だという反対理由は、今存在する原発を全部廃止しても解決はできないのだから矛盾している。

 万一ということをいえば、原発には確かに危険性が伴う。しかしながら私は、原子力規制委員会の安全審査に従いながら、原子力発電所の運営を続けることを支持する。これまでも科学技術の発展段階で危険なものはたくさん存在したが、大部分は研究によって克服されてきた。原子力の平和利用は人類の将来のためにぜひとも継続してもらいたい。

(おおくら・ゆうのすけ)