未来へ展望欠く新調査捕鯨

小松 正之東京財団上席研究員 小松 正之

持続的再開に目標持て

係争で勝訴する実施内容を

 去る12月1日、日新丸が広島県因島から、勇新丸と第二勇新丸が下関から出港し南極海で調査捕鯨が行われている。

 2014年3月の国際司法裁判所(ICJ)での敗訴の判決を受けて、日本政府は調査捕鯨の計画を作成し直した。旧計画は南極海の鯨類の生態系を解明し、捕鯨の持続的再開に貢献する目的で作られていたが、日本政府は、調査計画通りのクジラの捕獲をしなかった。これは過剰となった鯨肉の在庫調整をする目的で、クジラの捕獲数を減らし、そしてシーシェパードの妨害を受けたことを口実に、さらに捕獲頭数を削減した。

 優れた内容の調査計画でも計画通り捕獲しなければ、捕獲のサンプル数が不足し、分析に耐えるサンプル数を満たさず、統計的にも有意ではなく科学目的を満たさない。そこでICJからそれは、国際捕鯨取締条約の第8条で定められた科学目的の調査捕鯨ではないとの判決を下されていた。いわば敗訴は10年余り、計画された対象鯨種数を捕獲せず、科学評価を誠実に実行してこなかった日本政府の自滅の結果である。そして、旧調査計画の目的を大幅に狭め、対象鯨種とサンプル数を削減し新調査計画を作成した。目的と内容が縮小後退した。

 科学調査では調査の日数は非常に重要である。ところが、出港の直前になって外務省の横やりが入った。豪の新首相の訪日があることから、捕獲調査を開始しているのはまずいということで、出港を取り止めにしたい外務省から官邸に接触があり、11月下旬の出港が大幅に遅れ、11月末に出港が決定した。

 豪首相が南極海の捕鯨を取り上げたら、単にそれに応じればよい。堂々と議論しないでどうする。対話を避ける外交にいつからなったのか。橋本龍太郎元首相はクリントン米元大統領に真っ向から正論をたたかわせた。

 本年度(2015/16年度)の調査船団の構成は、非常に貧弱である。採集船は勇新丸と第二勇新丸のたった2隻(以前は3隻)である。母船の日新丸のほか、目視専門船として第三勇新丸が使われる(以前は2隻で、クジラの餌の調査船も出した)。新南極海調査計画では、日本は2隻の専門調査船による目視調査を実施すると明記したが、1隻しか配属されない。約束を順守しない。旧調査体制では総合的な調査ができたが、今回は大幅に能力が落ちた。

 こんな調査体制ではナガスクジラやザトウクジラの資源量の有効な推定精度が得られない。現在ではこの2鯨種の資源量とバイオマスはミンククジラの資源量とバイオマスを大幅に上回っている。ミンククジラはこれら2鯨種から、空間と餌場を圧迫されており、ミンククジラの安定的持続的な資源の利用の上でも極めて重要な情報となる。

 ICJの敗訴判決で、調査捕鯨を1年間中断。鯨肉の供給量が減り、捕鯨関係者は、それまで反対してきたアイスランドからの鯨肉の輸入に関与する状況に転じたドタバタである。現在は年間約900㌧のアイスランドのナガスクジラが輸入される。国内消費の主役の座に躍り出た。

 北太平洋の調査捕鯨では、イワシクジラが100頭に対して90頭に削減されたほか、何ら科学的な根拠なく、ICJのコメントに配慮したとして、ミンククジラの沿岸域も120頭を約100頭に削減、沖合域のミンクは全く捕獲しない。さらにマッコウクジラの捕獲数もゼロである。これでは、科学的な目的達成のためにサンプル数を設定した調査の目的の達成を果たすことができない。改悪である。豪州から提訴されたら南極海と同様に北西太平洋の調査捕鯨も中止せよとの判決が下されかねない。

 また日本政府は、ICJ判決を受け国際捕鯨条約の係争を含め海洋関係の国際紛争については、ICJでは裁判に応じない旨を決定したが、本末転倒だ。裁判は、係争案件の実施内容が充実し、説明責任も果たして初めて勝訴の可能性が高まる。

 日本の南極海の調査捕鯨のように最近10年間まともな調査の実施も科学的評価も、そして国内外に対して説明もしないものが、ICJを避けて国際海洋法裁判所で勝訴の確率が高まるものではない。

 今回の南極海の新調査計画は、日本自身が委縮して係争を避ける規模に矮小化し、将来目的もない調査にした。だらだらと調査を継続するのだろう。これでは持続的な捕鯨の再開目標の実現は、夢のまた夢だ。シーシェパードの妨害があれば、調査捕鯨そのものがまた吹っ飛ぶ可能性もある。

 こんな捕鯨に年間45億円以上の補助金が今年度末まで投入された。2016年度以降もまた、先の見えない効果も上がらない捕鯨に多額の補助金が投入される。有効な補助金からはほど遠い。

 こまつ・まさゆき 1953年岩手県生まれ。米イェール大学経営学大学院修了。農学博士(東京大学)。77年水産庁に入庁し、国際捕鯨交渉などを担当、2005年米ニューズウィーク誌「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれる。政策研究大学院大学教授等を歴任し現職。著書に『国際マグロ裁判』、『国際裁判で敗訴!日本の捕鯨外交』、『日本人の弱点』など。