高貴な心は長寿を支える力
健康と病は「心身一如」
副交感神経働く利他的精神
WHO(世界保健機関)の創立50周年の記念総会(1999年)に、「新しい健康の定義」を提案することになり、その原案づくりがジュネーブで1998年に行われ、その内容は次の通りである。即ち「健康とは、身体的・精神的・社会的且つ霊的(スピリチュアル)に完全な一つの幸福のダイナミカルな状態を意味し、決して単なる病気や障害の不在を意味するものではない」と。(尚、スピリチュアルとは、〝自然界に物理的に存在するものではなく人間の心に湧き起こってきた観念のとりわけ気高い領域に属するものである〟という)
いま、「健康・長寿を支える生きる力」とは何かを問うとき、このWHOの新しい健康の定義の示唆するものは実に重要なことを提起していると思うのである。
私たちの体は、実に神秘的に複合的に働いているということ。即ち「免疫系」と「神経系」そして「内分泌系」の三つが身体の中で複合的に作用している。これは「スーパーシステム」と呼ばれている機能で、「精神神経内分泌免疫学」という〝こころと体の対話〟の学問分野である。このシステムがストレスと深く関わり、そのストレスへの対処の仕方、つまり「心の持ち方」(信念体系)が重要であることが近年明らかになっている(1970年代)。
即ち、あらゆる病気(疾患)は心の影響を受けるということで、心と体を分離せずに全体的に「心身一如」として受け止めることが極めて重要である。
この「心身一如」こそが自然の摂理であり実に神秘的な働きという他はないのである。ストレスへの対処法の秘けつの三原則について述べれば、①「あるがまま」ということ。計(はから)いを排して、あるがままの自分を受け入れること。それによって「自己受容の力」が生まれてくる。②「明るく前向きに建設的に生きる」こと。これは「物事を善意に受け止める力」である。③「感謝の気持ちで利他的に生きる」こと。これによって、「他者の幸せを願う力」が湧いてくる。
この三つの力が取りも直さず、健康・長寿を支える生きる力の原動力ではなかろうか。
「自己受容の力」・「善意に受け止める力」・そして「他者の幸せを願う力」は、いずれも人間の心に湧き起こる気高い高貴な理念で、これによって本来の自分の人生を全うすることができるのではないかと思う。
なぜならば、人間は原因・結果によって生きるのではなく、目的・目標に向かって生きることによって本来の内面的な力(自然治癒力)を発揮することができるからである(オーストリアの心理学者、A・アドラー)。
更に、他人のためにという「利他的精神」をもつということは、精神の喜びと安寧をもたらし、副交感神経の働きを促し、免疫細胞を活性化して免疫力を高めて病気の予防や改善に役立つことがわかっている(石原結實著『生きる力』)。
また、超高齢者(80歳を超える)になると、幸せ感が高揚してくるという。これが注目されている「老年的超越」という考え方で、スウェーデンのトルンスタム教授によって提唱された概念である(1989年)。それによると〝超高齢になると物質主義的で合理的な考えから宇宙的・超越的・非合理的な世界観に変わることにより、(内面的・主観的な)幸せが得られるようになる〟という(広瀬信義著『人生は八十歳から』2015年)。
確かに、人生の幸福はものが決めるのではなく、すべて自分の心の働き(心の持ち方)がつくりだすことは既に先人が述べている。即ち、〝人生の福境禍区は、皆念想より造成す〟と(「菜根譚」後集・一〇九)。また、マルクス・アウレリウス(ローマ皇帝)は、〝わたしたちの人生は、わたしたちの思考(考え方)によってつくられる〟と。
さて、健康・長寿を支える生活習慣で特に重要なのが睡眠と食事、そして運動である。睡眠はゴールデンタイム(午後10時~午前2時)を含む7~8時間で、アメリカのカーネギーメロン大学のシェルドン・コーエン氏の調査によると、平均睡眠時間が7時間未満の人は、8時間以上の人に比べて、3倍風邪にかかりやすいという結果が出ている。しかも睡眠の質も風邪の発症に影響しているという。
食事では、睡眠物質(メラトニン)を促すトリプトファンが重要で、その主な食品はバナナや発酵食品、大豆類・魚類などである。この睡眠を促すメラトニンは、朝の光を浴びて、脳を活性化するセロトニンが出てから、14時~16時位で分泌される。従って、運動は、室内でも朝の光を充分に浴びながら無理のない深呼吸体操が効果的ではなかろうか。
いずれにせよ、無理なく自然の摂理に適う生活習慣こそ、健康・長寿を支える力ではないかと思うのである。
オランダ医学に生涯を燃焼しつくした外科医、杉田玄白は、85歳で人生を全うし、次の言葉を書き残している。
〝百たらず八十ぢに余る五とせの いつも替(かわ)らぬ春に逢にけり 医事は自然にしかず〟と。
(ねもと・かずお)