ISと中国に明け暮れた1年

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

テロと南シナ海問題

新指針で日米防衛協力前進

 1年を振り返って防衛の抱える問題について所見を披露したい。

 軍事治安関連で最も世界の耳目を集めているのは、「イスラム国」(IS)と自ら称するトルコ・シリア・イラク国境地帯を勢力範囲とするイスラム過激組織の活動であろう。この勢力の活動拡大は、地域の武力による実質支配に留まらず、世界各地へのテロ活動を活性化させ、大きな不安定要因となっている。

 現地はシリア内紛を契機とし、従来から存在するクルド人武装組織、米欧露諸国の軍事介入・支援と相俟って、容易には沈静化の見えない状況にある。本情勢の根源はイラク戦争にあり、戦後の安定化不十分の段階で兵力引き上げを急いだ米国にあるというのは、肯ける指摘であろう。

 いずれにせよ、米軍が撤退すれば、より大きな不安定状況が生まれる現実は頭の痛い教訓であり、11カ月後に控えた大統領選挙にも関連し、米国自体が大きな政治的判断を迫られている。我が国もテロ標的とISから公言されており、東京五輪を控え公安、防衛、情報等国家機関を上げた対応で防止する努力が必要である。

 第二の問題は、前回も指摘した南シナ海問題である。中国の人工島建設及び領海化の主張、これを実効ならしめる異常な海軍力増強はただ事ではない。特に「領海化」は、地形上無理のある主張であるばかりでなく、国際法規、航海自由の原則といった面からも、とても肯首できない。さらに領海即領空の見地からは、オープンエアー(航空自由の原則)に影響しかねない重大事態であることも考慮すべきである。

 本件には沿岸国であるベトナム、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、インドネシア、台湾のほか、マラッカ海峡を主要貿易路とする日米韓などの関係国が連帯して対応しなければならない。この問題は、マスコミの報道レベルより深刻化しており、華僑勢力の強いマレーシア、インドネシアから公然たる反対はなく、ベトナムは海上紛争での完敗以来、実効支配を黙認している状況にある。

 フィリピンのみ国際裁判所への提訴をはじめ、受け身ながらも、抵抗・反対の姿勢を維持している。本年夏より、フィリピンの旧統治国である米国が、重い腰を上げ「人工島嶼は、領海形成の基点となりえない」とする見地から、中国の「自称領海」に艦艇派遣、哨戒機の飛行に出たことは、国際的に見て正当な行動であり、我が国としても南シナ海公海論に立って、全面的な協力が必要であろう。本件は予断を許さぬものがあり、あらゆる面から対応を準備しておく必要がある。

 第三のテーマは、日米防衛協力の指針見直し作業である。本作業は周辺情勢の変化を受けて、鋭意見直しが行われていたものが、4月に合意に至ったものである。これにより、我が国侵略事態は勿論、従来周辺事態と称した近傍地域における紛争事態から地域的制約を外し、より柔軟な局面での防衛協力が確認された。平素からの情報交換をはじめとする協力体制に一層の堅確性を増したものと評価されるべきものである。当然、尖閣事態といった離島防衛から、周辺国の軍事拡張を睨んだ対処要領が、共同作戦計画作業として更新されることとなり、誠に結構な作業と考えている。

 2回の見直しを行った後だが、一つの問題点を提起したい。それは、防衛協力の指針に流れる基本姿勢の問題である。初回の指針作成は1978年11月であり、37年前の話である。そこに流れる基本姿勢は、かつての軍国主義時代の経緯から、二度とその道を辿らせない「軍事小国日本論」であり、言い換えれば「日本軍事性悪論」といった姿勢である。この考えにより、在日米軍の冷戦下、東西接点の重要な位置づけに加え、日本軍国主義復活の機運を「ビン」の中に閉じ込める、いわゆる「ビンの蓋」の役割を持つと米軍高官が公言する状況にあった。

 日本国内でも、戦後の反戦・左翼的症候群が横溢する中、「ご尤も」とする向きがあり、長くその姿勢は生き続けている。その結果、今に至るも我が国の防衛力には大きな制約があり、兵器の近代化が進む中、我が国情に応じた効果的、効率的防衛力の整備・運用に著しい制約が生ずる事態となっている。非核は被爆国としての国是としても、原子力艦艇、長距離誘導弾、空母、策源地攻撃力等の保有に対する制約は厳しい。

 現今の作戦形態を見ると、イラク戦争では、米軍は開戦と同時にクルーズミサイルの一斉攻撃でイラク空軍を地上において撃滅し、一挙に制空権下の地上戦を有利に進めた。最近の情報ではシリア政府を支援するロシアは、湖水軍であるカスピ海小艦艇(1000㌧程度)からのクルーズミサイル攻撃で大きな効果を上げたという。

 このような兵器には、専守防衛の我が国には防ぎようのない技術である。しかも、簡易な兵器ほど拡散の速度は速い。中国の空母部隊の本格化への対応にも同様のことが言えるが、戦後70年、他国への武力侵攻の意図など毛頭持たない平和国家としての実績は定着していると考えてよい。

 今後の防衛の在り方においては、指針の底を流れる「日本軍事性悪論」を脱却し、軍事技術の進歩に対応した効率的・効果的防衛力を保有し、地域安定に貢献する「誇りある存在」を目指して舵を切る時期に来ていることを痛感する。

(すぎやま・しげる)