危うい高層マンション事例
恐るべき工事の手抜き
企業の社会的責任感が不足
明治期から大正・昭和期にかけて文壇で活躍した幸田露伴(1867~1947)に『五重塔』という名作がある。仕事一筋の頑固者の大工の十兵衛が、周辺からの変人扱いにめげず、激しい嵐にも負けることのない立派な「五重塔(ごじゅうのとう)」を建設したという物語である。そこには、日本の伝統としての誇るべき「職人魂」が生き生きと脈打つように書かれている。
ところが、現代の企業社会では、業種によって態様は異なるものの、製品の部分部分を親会社から子会社へ、子会社から孫会社へと分散する事例が極めて多く、そのことも多分に響いてか、製品の出来いかんについて、ときに責任の所在があいまいになり、かつ、コスト引き下げをとかく優先させることから、ときにはいわゆる“手抜き”が生じる恐れなしとしない。しばらく前に表面化した旭化成の系列会社や三井不動産などによる高層住宅マンションほかをめぐっての不祥事の背後にも、それがあろう。無論、事は居住者とマンション近くの住民たちの生命の安全にかかわる。関係諸企業の責任は極めて重大という以外にない。
改めて強調するまでもなく、日本は災害多発国に属する。地震・津波・洪水・台風などで多数の死者・行方不明者が出た事例はすこぶる多い。1923年の関東大地震では死者・行方不明者13万人余があったし、大戦末期の1944年12月と翌年1月には東海大地震、1948年6月には福井大地震、1964年には新潟大地震が襲っている。阪神淡路大地震や東日本大地震の記憶は、まだ生々しい。地震のほか、台風や地滑りも珍しくない。そうであるだけに、生活の拠点としての住居が現代技術を結集した堅強なものでなければならぬことは、自明というほかなかろう。
ここで個人のことを持ち出して恐縮だが、筆者はかつて建設省(当時)の住宅審議会委員を5期10年勤めるなど政府の住宅対策と関わってきた。それだけに、住宅問題には強い関心を持っている。新潟大地震(前記)の直後にも現地の被害状況を視察した。市の中心部にあるマンション(1階は商店、2階以上は住宅だったと記憶する)が大きく傾斜しているのを眺めて、地震の恐ろしさと堅固な住宅がいかに大切かを痛感した。危うく難を逃れた住居者は「とても住めたものじゃない」と実感を率直に語っていた。
正確な記憶はないが、しばらく前から問題になっている旭化成系列の建築会社などによる高層マンションに比べれば、はるかに低層だったと思う。昨今の高層住宅マンションを含めて高層建築物は有力都市や居住環境の悪くない土地に林立しており、中には免震装置付きの高層建築も普及していると聞く。とはいえ地盤軟弱地帯ではよほどしっかりした杭を頑丈な地盤に届くまで打ち込んで建物の基礎を強くしておくのでないと安心はできない。防災問題専門家の受け売りだが、強烈な地震や暴風雨が襲った場合、地盤の弱い場所では揺れによる建物の倒壊や地盤液状化さらに津波や風水害など、三重苦・四重苦の懸念が大きいとのこと。併せて、東京都や千葉県が境を接する地域、伊豆半島と湘南地区一帯などは地盤条件がいいとは決していえない―とも聞いた。
その話をきっかけに筆者自身が文献に当たって調べたところ、小田原城は過去の地震で何度も崩壊しているし、伊豆半島にも地震災害を被った事例は少なくない。
そんなことをいうなら日本中どこへ行っても地震安全地帯などあり得ない―との反発もあろう。それは全くその通り。だが、そうであるだけに、住宅を含む建築物の対災害抵抗力強化には“手抜き”があってはならない。にもかかわらず横浜の高層住宅マンションが傾斜したなどという“事件”の表面化は、建設現場の指揮監督に当たった責任者とその責任者を選んだ会社の、社会的責任感の不足を思わせる。
それにしても、巨大地震が襲うより以前に、建物の傾斜で建物自体の構造上の弱さが明るみになったことは、まだしもだった。仮にの話、高層住宅マンションが傾くことなく、したがって、一棟の“手抜き工事”が表面化することもない状況下で、関東大地震級の強烈な地震の直撃を受けたとしたら、一体どうだろうか。想像するだけでも恐ろしい。工事手抜きの高層マンションには倒壊の可能性と発火の懸念に加えて大津波の襲来する心配が、あり得ないなどと構えることは不可能だろう。
昭和電工への復興金融公庫による融資に絡んでの一大汚職事件、日本窒素が排出した有毒液による水俣病事件、田中角栄政権を退陣に追い込んだロッキード事件、山一證券の倒産・廃業に直結した巨額の “赤字かくし”事件、そして今年表面化した東芝の不当経理事件、企業運営の根本にかかわる“不祥事”は珍しいとはいえぬ。が、今度の高層マンションなどの手抜き工事はもっとも悪質というほかない。
(おぜき・みちのぶ)






