中央アジアに日米の戦略を

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

中国パワー抑制が課題

ロシアを含め鼎立の構造に

 戦後70年を機に安倍晋三首相が公式訪米し、日米同盟関係をさらに堅固にする外交成果があった。特に日本首相として初の米議会上下両院合同会議での演説では、10回を超える起立による拍手を受け、日本への信頼感を深めた。併せて外相や防衛相による日米2プラス2が開催され、18年ぶりに日米防衛協力の指針(ガイドライン)の再改定がなされ、中国が力で台頭する時代にふさわしい相互の安全保障協力が約束された。

 実際、中国は昨秋の北京APECを契機に積極外交に転じており、習近平政権は周辺国外交を重視して「一帯一路」戦略を推進している。それはシルクロード経済ベルト構想(一帯=陸のシルクロード戦略)や21世紀海のシルクロード戦略(一路=海のシルクロード戦略)として展開している。現に中国はこれまで海洋進出を活発化し、海軍強化とともに東シナ海、南シナ海で力で現状を変えようとする事態に世界は懸念を深めている。さらに中国海軍の演習海域が西太平洋にまで拡大する中で、中国の接近阻止(A2)領域拒否(AD)戦略に対して米国は警戒感を高め、これらが今次の日米同盟強化の背景にあった。

 これらを受けて、安倍首相は日米首脳会談や米議会での演説で、アジア太平洋地域での米国の「リバランス(再均衡)戦略」支持を明言。そして、アジアの海について、①国家が何か主張するときは国際法に基づく②武力や威嚇は用いない③紛争解決は平和的手段による、の三原則を主張し、両国で認識を共有した。これで中国の「海のシルクロード戦略」への対応は一歩進んだことになり、その趣旨は9月に公式訪米する習主席にオバマ大統領から説得されよう。

 他方で8月に安倍首相の中央アジア諸国歴訪が予定されているが、先の訪米成果と中国の「陸のシルクロード戦略」を踏まえて、わが国がユーラシア大陸の安定のために何ができるか、建設的な働きかけが期待される。

 実は筆者は、去る3月に大統領選挙の視察でウズベキスタン(ウ国)を初訪問し、その印象記を本欄に既報(4月19日付)したが、改めて中央アジア地域の戦略的重要性について考えてみたい。中央アジア5カ国は冷戦後の1991年にソ連から独立したが、その国境線は冷戦下にソ連によって政治的に引かれ、いずれの国も複雑な利害が未解決のまま多民族問題を抱えている。さらに、地下資源の権益もまちまちという多様な経済的な利害の中で一体感の醸成には問題がある。

 そこに今日、中国が「陸のシルクロード戦略」で西進し始めたが、それへの反応も複雑である。実際、ウ国の労働省幹部は、キルギスが中国経済に呑み込まれている現状を指摘しながら、投資に伴って怒濤のように侵入してくる中国パワーにどう対応するか、の問題を指摘した。さらに、100万人が不法流入していると言われるシベリアの現状を例に、中国人口の浸透圧の危機性も示した。

 それでもシルクロード戦略には、中国の西進をチャンスと捉えるインフラ整備への期待が経済界からは表明されている。また、不可分の関係にあるアジアインフラ投資銀行(AIIB)には中央アジアの多くの国が加盟しており、別に中国が準備した400億㌦のシルクロード基金でパキスタンのグワダル港から中国領に至る交通路整備ヘのインフラ投資が現に決まったように、中央アジアへの影響力は拡大している。

 当面、中央アジアを包括する地域機構としては上海協力機構(SCO)があるが、冷戦後に中国が主導して中央アジアの安定化を図った組織である。その中の二大勢力であるロシアと中国の関係は、今日、中国が経済面で独り勝ちの勢いにあり、他方でロシアは最大財源であるエネルギー資源の値下げやウクライナ問題で受ける経済制裁に難儀している。このようにSCO内で中露両国のパワーバランスは中国優勢に変わりつつあるが、両国の主導権争いなどユーラシア大陸で起きるパワーの地殻変動による不安定化も予想されている。

 これら中露という強大な二極の力関係がユーラシア大陸で流動化する中で、中央アジア諸国が安定勢力として機能する構図が理想となる。そのためSCO内にあって中央アジアが一つの極にまとまり、中露とともに鼎立(ていりつ)する構造でバランサーとなることが望まれ、そこにわが国の関わり方のヒントがありそうである。

 例えば、中国に力ずくで「陸のシルクロード戦略」を独走させないよう、中央アジアパワーが抑制機能を働かせる環境作りの重要性である。夏の安倍首相歴訪では、中央アジア諸国が中露2大強国の狭間で安定勢力としてまとまるよう連携や支援を強化する戦略的な対応が期待される所以(ゆえん)である。

 しかし、海外への出口のない中央アジア内陸国家の利害関係には、中国のみならずロシアやインドなど地域大国が複雑に絡み合っている。まず流動化するユーラシア大陸で何が起きているのか、中国の「陸のシルクロード戦略」の実態や現地での受け止められ方、関係国の反応などを冷静に複眼的に見極めた対応が重要になる。

 さらに、中央アジア諸国の中国、ロシア、インドなどとの関係や今後のAIIBへの対応など、中央アジアの視座から見た、情報や情勢認識を米国と共有することも同盟強化に重要になろう。

(かやはら・いくお)