英歴史家が捉えた対日戦争

小林 道憲哲学者 小林 道憲

アジアの西洋への反逆

国で見え方違う第2次大戦

 イギリスの歴史家・バラクラフは、『現代史序説』(An Introduction to Contemporary History)の中で、次のように言っている。

 「ヨーロッパ諸国の植民帝国が1947年以後あいついで崩壊したのは、外からの圧力と世界政局の影響によるところが大きかった。アジアでは、イギリスも、フランスも、またオランダも、1941年から45年にかけて日本から受けた痛手から二度と回復できなかった」と。

 なるほど、第2次世界大戦下のアジア・太平洋戦線を考えた場合、朝鮮、台湾、中国、フィリピン、べトナムなど、日本に近い地域では、日本の植民地主義的進出という面が強く現れた。しかし、インドネシア、マレー、ビルマ、インドなど、日本から遠い地域では、どちらかというと、反植民地主義的逆襲という意味合いが強く現れた。この点では、第2次大戦における日本の行動は、アジア諸国を植民地化していたヨーロッパ列強に対する反撃という意味をもっていたと言わねばならない。だから、ここでは、日本の反撃によって、アジアを植民地化していたイギリス、フランス、オランダも後退した。

 日本の欧米諸国に対するあの絶望的な戦いは、確かに日本の壊滅をもたらした。しかし、そこには、同時に、アジアを植民地化していたヨーロッパ勢力への反逆という意味もあったのである。そのため、イギリス、フランス、オランダのヨーロッパ勢力は、第2次大戦での連合国側の勝利にもかかわらず、退却、大戦後、アジアに復帰することはできなかった。

 イギリスの国際政治史家、クリストファー・ソーンも、『太平洋戦争とは何だったのか』(The Issue of War:States,Societies,and the Coming of the Far Eastern Conflict of1941-1945)の中で、「日本は敗北したとはいえ、アジアにおける西欧帝国の終焉(しゅうえん)を早めた」と言っている。

 今年は、第2次世界大戦が終結して70年である。第2次大戦は主にヨーロッパ戦線とアジア・太平洋戦線に分かれるが、両者は連動しており、アジア・太平洋戦線を見る場合も、ヨーロッパ戦線との関わりを十分考慮に入れねばならない。

 ヨーロッパ地域における第2次大戦の結果は、戦敗国のドイツやイタリアはもちろん、戦勝国のイギリスやフランスも疲弊し、第1次世界大戦以上に、ヨーロッパ全体の世界史的後退をもたらした。他方、アジア・太平洋地域での第2次大戦では、日本の欧米諸国に対する絶望的な戦いが、同時に、アジアを植民地化していたヨーロッパ勢力への逆襲という意味をももった。

 その結果、第2次大戦は、ヨーロッパ地域でも、アジア地域でも、ヨーロッパの後退をもたらしたのである。それと同時に、アジア・アフリカ諸国は、大戦後、ヨーロッパの植民地支配から次々と自立して、世界図式を大きく変えていくことができた。

 イギリスの歴史家・バラクラフは、『現代史序説』の中で、また、次のように言っている。

 「今世紀(20世紀)の歴史は、西洋がアジア・アフリカに与えた衝撃と、同時に西洋に対するアジア・アフリカの反逆という、この両者を最大の特徴としている」と。第2次大戦は、バラクラフの言うように、<ヨーロッパの後退と非ヨーロッパの抬頭>という20世紀の最も大きな世界史の事実を形成する出来事だったのである。

 同じく、イギリスの偉大な文明史家・トインビーも、1956年10月28日の「オブザーバー」紙で、次のように言っている。

「第2次世界大戦において、……日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間考えられたような、不敗の神でないことを明らかに示した点にある」

 トインビーは、1968年3月22日毎日新聞でも、また、次のように言っている。

 「英国最新最良の戦艦二隻が日本空軍によって撃沈されたことは、特別にセンセーションをまき起こす出来事であった。それはまた永続的な重要性を持つ出来事でもあった。なぜなら一八四〇年のアヘン戦争以来、東アジアにおける英国の力は、この地域における西洋全体の支配を象徴していたからである。一九四一年、日本はすべての非西洋国民に対し、西洋は無敵でないことを決定的に示した」(※)と。

 イギリスの歴史家からみた第2次世界大戦は、朝鮮や中国からみた第2次世界大戦とも違うし、アメリカからみた第2次世界大戦とも違ったみえ方をしているのである。

(こばやし・みちのり)

  (※)「英国最新最良の戦艦二隻が日本空軍によって撃沈された」とあるのは1941年12月10日のマレー沖海戦を指し、「日本空軍」とあるのは日本海軍航空部隊のこと。マレー半島東方沖でイギリス東洋艦隊と日本海軍航空部隊の一式陸攻、九六式陸攻が交戦した同海戦で、イギリスの戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」が沈没した。