AIIBと「無信不立」の訓戒

櫻田 淳東洋学園大学教授 櫻田 淳

周辺国の信頼低い中国

「期待」だけ先行した枠組み

 中国主導のAIIB(アジア・インフラ投資銀行)が57カ国・地域を創設メンバーとして迎えつつ、発足する運びとなったことは、日米両国には、WB(世界銀行)、IMF(国際通貨基金)やADB(アジア開発銀行)を軸とする既存の国際金融秩序に対する一つの挑戦と受け止められている。

 ところで、中国の対外「影響力」の実相を窺う上で興味深いのは、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタンの中央アジア4カ国における対日意識を探るべく外務省が実施した世論調査の結果であろう。この調査結果によれば、中央アジア4カ国における対中認識は、「現在重要なパートナー」としては35ポイントであるけれども、「最も信頼できる国」としては3ポイントしかない。

 それは、日本について、「現在重要なパートナー」として23ポイント、「最も信頼できる国」として14ポイントと出ている数字とは、誠に対照的である。この数字は、中国政府が唱える「一帯一路」構想が拠っている基盤を知る上では、留意すべきものであろう。

 中国の対外政策展開を観察する際、絶えず留意されるべきは、『論語』(顔淵第十二)にある「無信不立」(信無くば立たず)の4文字の意義である。

 ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタンの中央アジア4カ国は、上海協力機構加盟国にしてAIIB創設メンバーに名を連ねている以上、中国との関係が殊の外、深いはずであるけれども、その対中「信頼度」は、意外な程に高くはない。この事実は、現下の中国の対外姿勢が「無信不立」の趣旨からして相当に怪しいものである事情を暗に物語っている。

 この外務省による世論調査には、今夏に予定される安倍晋三(総理大臣)の中央アジア諸国歴訪を控え、その地均(なら)しという意味合いがあるのであろう。中央アジア諸国は日本に対する「親近感」も「信頼度」も高い国々であるから、それを基盤にした上で、どのような「縁」を紡ぐかということが大事になってくる。

 中国の「一帯一路」構想に対して、現下の日本の対外政策展開が優位性を持つ所以(ゆえん)は、この「無信不立」の言葉に表された「信頼」の裏付けを適切に伴っていることにある。

 このように考えれば、AIIBに創設メンバーとして57カ国が参集した事実によって、特に日米両国の「外交敗北」を指摘する向きがあるかもしれないけれども、それは早まった評価を下したものといえるであろう。

 日米両国がAIIB参加を見合わせた背景には、AIIBにおける組織ガバナンスの公平性や透明性、融資事業の持続可能性、環境や社会への影響に対する懸念がある。しかも、AIIBが「最大出資国・中国、総裁・中国人、本部・北京」という按配で発足するとしても、普段、業務で使われる公用語も中国語になるのであろうか。

 また、AIIBが張り合おうとしているADBは、世界各地に26カ所の拠点を持ち、2500名近くの人員を擁する組織であるけれども、AIIBの業務に必要な人材は、どこから引っ張ってくるのであろうか。AIIBの懸念材料として語られる「ガバナンス」云々(うんぬん)以前に、こうした組織運営の根底にある方針も全く判然としない。結局のところは、AIIBは、関係各国の「期待」だけが先行し、「海の物とも山の物ともつかない」枠組みであるといえるであろう。

 故に、日本政府の対応としては、AIIBそれ自体への関与の仕方を考えるよりは、ADBのような既存の枠組の運営の有り様を修正した方が、アジア・太平洋諸国の「要請」に応えるものになるであろう。AIIBに絡む動きが、TPP(環太平洋連携協定)妥結とADB改革という二つの動きを一気に進めることになれば、日本にとっては、「重畳(ちょうじょう)至極」という結果になるであろう。

 実際、米国連邦議会では、TPPの交渉早期妥結を目指す超党派議員が、大統領に通商交渉権限を一任するTPA(貿易促進権限)法案を上下両院に提出している。TPP法案成立によって対外貿易交渉に絡む大統領権限が復活すれば、TPP交渉妥結に向けた流れは一挙に進むであろうという観測がある。

 また、ADBに関しても、現地事務所への権限移譲、調達手続きの迅速化、融資の準備作業を案件の承認前に実施、事前評価等の手続き迅速化といった改革の方向が示された他に、中尾武彦(ADB総裁)の証言によれば、融資額の拡充も確かに検討されている。

 AIIB創設への動きは急であったけれども、日本政府としては、焦る必要は微塵(みじん)もない。

(敬称略)

(さくらだ・じゅん)