両陛下パラオ御訪問に思う

大藏 雄之助評論家 大藏 雄之助

戦禍の彼方に捧ぐ慰霊

激戦地跡に残る遺骨や兵器

 1931年9月の満洲事変直後に生まれた私にとって戦争は忘れることのできない記憶である。第2次世界大戦に関連するノンフィクションを幾つも書いてきたし、翻訳もたくさんある。大東亜戦争の激戦地は、ガダルカナルとレイテとインパール以外はほとんど訪れた。いろいろな角度から戦記を読んでいても、特に日本軍の将兵多数が散華した戦跡を直接たどる感慨は格別である。

 今回天皇皇后両陛下がご訪問になったパラオも20年以上昔、足を踏み入れた。そのころ、コンチネンタル航空がグアム島を起点にして旧日本委任統治地の南洋群島(マリアナ・マーシャル・カロリンの諸島)を周遊するコースを販売していたので、1カ月ぐらいをかけて全部の島を巡り渡った。その中で日本の名残が最も強く感じられたのが、日本の真南3500㌔のパラオだった。ここはカロリン諸島に含まれるが、日本の敗戦までおよそ30年間コロールに南洋庁が置かれていたことからも分かるように、日本の統治の中心だった。クニオ・ナカムラ元大統領など日本の名前の日系人の政治家も多く、「パラオ公園」という日本語の石柱も残っている。また、「島におじゃるならパラオ島におじゃれ……島の夜風に椰子の葉揺れて、帰るダイヴァーの舟歌漏れる」とうたわれた通り、海の潜りのメッカでもある。

 スコールに濡れながらコロールの町を歩いていたとき、小さい店の中から「コノアメハスグヤムカラヤスンデイキナサイ(この雨はすぐ止むから休んでいきなさい)」と声をかけられた。先住民族カナカ人のおばあさんだった。上手な日本語で話をしてくれた。

 「日本人は魚を捕ることや砂糖黍(きび)を育てることを教えてくれた。学校で勉強もしたね。アメリカは基地のためにドルをくれるから、若者はみんな働かなくなった。日本時代は道路は舗装がなかったけれど、台風のあとはみんなですぐに修理した。今はセメント舗装なので、自分たちでは直せないから道は穴だらけで困るよ」。

 そのほか、コンクリートの住宅になって風通しが悪くなり、暑くてたまらないとか、流通がうまくいかず、物価が高いといった不満もあるようだった。これには核兵器の持ち込み反対運動をめぐってアメリカ政府と対立し、一時援助を止められたことと関係があるかもしれない。

 パラオはサイパンとともに日米両軍が激闘した土地である。その南西の孤島、ペリリュー島とアンガウル島は日本の守備方針が玉砕回避・持久作戦に変更されたために、わが将兵は勝利の見通しもないまま洞窟にこもって悲惨な抵抗を続けるほかはなかった。

 戦争には誤算がつきものであるが、ペリリュー島はアメリカ軍の情報不足の犠牲であったといわれる。

 連合軍南西太平洋軍マッカーサー総司令官は、1943年11月の南太平洋のマキン・タラワ両島占領を手始めに、ラバウルのような日本軍の拠点は見捨てたままで、飛び石伝いに日本進攻を計画していた。アメリカの統合作戦会議ではサイパン殲滅(せんめつ)後台湾を強襲する案だったが、マッカーサーは開戦初頭にフィリピンを脱出する際、「アイ・シャル・リターン!」(I shall return!) と宣言していたことから何としてもフィリピン奪回に固執した。そこに立ちはだかったのが日本軍のペリリュー守備隊だった。ここには風向きが東西であっても南北であっても離着陸が可能な、アジア最大と号する十字型の大滑走路があった。そこで米軍は4万の海兵隊で短時日で島を制圧することにした。

 その後のフィリピンの闘いで日本が特攻攻撃を敢行したことから分かるように、当時日本には陸海軍とも米空軍に対抗するような航空兵力は残っていなかった。したがってここを回避してフィリピンに向かえばアメリカ軍も大被害をこうむらずにすんだはずだ。3日で撃滅すると考えた米軍は、日本の航空反撃がないことを知ったが、上陸した部隊を守るためにも地上戦を挑まざるを得ず、2カ月半も手こずることになった。

 一般に白兵戦が終了すると、一時休戦として敵味方とも「戦場掃除」を行い、遺体や重傷兵を収容する。だが、日本軍は壊滅状態だったから、遺体も兵器も置き去りだった。私は、ようやく緑を取り戻した島内のいたるところで日本軍の錆びついた鉄兜を見た。アメリカ軍は全戦死者の遺体を帰国させ、戦車や速射砲などもすべて撤収しているのに、日本兵の遺骨は今も洞窟で泥にまみれたままであり、兵器は敗戦の残骸をさらしているのだ。

 しらなみは しるやしらずや しまかげに

 しろがねのつばさ しづめるあるを

 両陛下の慰霊ご訪問に数少ない生還者も遺族も感激している。これを機会に少しでも戦後処理が進むことを期待したい。なお、ペリリュー州は今回の天皇皇后両陛下のご巡幸を記念して4月9日を州の祝日に制定した。

(おおくら・ゆうのすけ)