「平成の養生訓」を考える
性格は健康に影響する
こころの養生が長寿の要諦
我が国は超高齢社会の只中にあって、いま求められるのは、いかに健やかに自分の人生を全うするかという「健康寿命」ではなかろうか。その寿命には、遺伝的な素因が関わっていると同時に性格も関連していることも知られている。例えば、東京都健康長寿医療センターの百寿者の性格調査がある。
それによると、女性では外向性と開放性そして、誠実性の傾向が高く、男性では開放性が高いことが明らかになっている。いずれも明るく社交的な性格傾向がみられるという。
また、一方では性格は病気(疾患)との相関性がみられることもよく知られている。
例えば、「心身症」(ストレスに対する体の防御反応が過剰になって生じる体の病気である)でも、出来事(事故・災害や親しい人との死別)そのものが原因で発症する「現実心身症」とその人の生い立ちや育ち方によってつくられた性格や考え方が体質などの影響によって発症する「性格心身症」がある。
アメリカの心理学者リチャード・ラザルスは、「日常生活の些細(ささい)な厄介事」(例えば物を紛失する・厄介な隣人とのいざこざ・将来についてクヨクヨするなど)を避けて通れない煩わしさに対して、その人がどう対処するかということが、ストレス因子としての出来事よりも重要であることを指摘している。
加えて、近年注目されているのが「心疾患」を起こしやすい性格があることが明らかになり「タイプA性格」(1974年ローゼマンによる)と呼ばれている(A・アグレッシブ=攻撃的の意)。
例えば、目標達成への欲求が旺盛で競争心が強く、いつも時間に追われてイライラしやすい性格が狭心症・心筋梗塞などにかかりやすいとされている。このように病気を発症する前の性格にそれぞれ特徴があることを「病前性格」と呼んでいる。(ドイツの精神医学者、E・クレッチマーによる)。
また一方では性格が長寿に関わるという興味深い「長寿性格」の調査研究がある。
これは、アメリカで1920年から2000年までの80年間に及び1500人を対象にした調査では、誠実性が高く人生の目標を設定し、社会によく溶け込むことが長寿に結びつくという結果が報告されている。
この研究に取り組んだハワード・フリードマン教授はその後、「長寿性格」に結びつく三つの指標を見い出したのである。
その一は、一獲千金を夢見るリスクを避ける「勤勉型性格」。その二は、変化に振り回される生活よりも「現状維持型性格」。その三は、目先の欲望に溺れない「自己コントロール型性格」であるという。
総じて〝真面目で誠実な思慮深い〟タイプの人ということである。これをフリードマンはコンシェンシャスネス(勤勉性)と表現している。かつて、ドイツの社会学者・マックス・ヴェーバー(1864~1920)はプロテスタントの精神をコンシェンシャスネス(節制・誠実)という言葉で表現している。つまり、日々の務めを怠りなく行う勤勉さや誠実さを重視し、規則正しく節制のある生活もコンシェンシャスネスの表れである。
これは東洋においても、節制や勤勉さ、秩序を重んじる考え方で、古くは仏教や儒教の思想にも符合する。例えば、規律正しい生活をし、欲に溺れずに少欲知足の生き方でもあると思う。従って、フリードマン教授の「長寿性格」とは、このような先人の智恵に基づく、ライフスタイルということができるのではないかと思う。
さていま、「平成の養生訓」を考えるとき先人が述べている〝天理の自然に従うことが養生の秘けつである〟(中国最古の医学者『黄帝内経』)という先達の叡智(えいち)に思いを抱かずにはいられないのである。
つまり「養生」とは〝只(た)だ自然に従うを得たりと為(な)す〟(佐藤一斎著『言志後録』・四三)ことであり、〝愛憎憂喜の感情を心に留めずに体気を和平ならしめる〟という「老荘の哲理」に他ならないのである。
我国に於いては、江戸前期の儒学者、貝原益軒(1630~1714)はその著『養生訓』(1713年)で、〝養生の術はまず心気を養うべし。心を和(やわらか)にし、気を平(たい)らかにし、怒りと欲とを押え、憂い、思いを少なくし、心を苦しめず、気をそこなわず、これ心気を養う要道なり〟と述べている。
つまり、こころの養生こそが長寿を保つ要諦なのである。昨今の喧噪(けんそう)の世相の直中(ただなか)にあっていかに、こころの養生を保つかが問われているのではなかろうか。
従って、努めて柔軟性を心掛けつつ節度と節制を旨としコンシェンシャスネス(怠りなさ)の生き方を日々実践したいと切に思うのである。
(ねもと・かずお)