ISの日本人虐殺事件に思う
過剰反応は思うつぼ
無謀な渡航や取材に規制を
年初からシリア・イラク国境地帯の「イスラム国」(IS)を名乗る過激派武装集団支配地域で拘束された日本人2名人質事件で、マスコミは一斉にトップニュースの扱いをし、各様の報道がなされた。結果は2名の虐殺という悲劇で終止符を打ったが、犠牲となったお二方の冥福をお祈りするとともに、報道・政府対応・邦人の海外での安全の面で大きな教訓を残したことから、若干の所見を披露したい。
まず、今回の二人の紛争地への渡航理由である。現地はご存知のとおり、それぞれの主張を持って抗争を行っている激戦地である。そのような局面に、イスラム教徒ならともかく、一般の外国人が入り込むこと自体、はなはだ迷惑なことであり、不測の扱いを受けることは、当然予期しなければならない。一国の交戦権に基づく戦争ならば、当然ルールに則り、報道・広報が許可されるが、内乱・武装蜂起といった混乱状態では、そんな保証は無いのである。
日本のいわゆるフリージャーナリストは、戦場の残酷性、被害を受ける女性・子供に焦点を当て、反戦的立場から報道するものが多い。それ自体は正しい主張ではあるが、戦っている当事者から見れば、最も犠牲を出しているのは当事者であるし、痛みは最も激しい。それでも戦う理由を彼らなりに持っていることを承知するべきであろう。
今回の情勢は、ISのPRビデオで見るように、自らの目指す版図を、イベリア半島全域、北アフリカ、バルカン半島から中欧に至る地域とし、16~17世紀オスマントルコ最盛時を超える野心を露(あら)わにしている。まさにイスラム・欧米両文明の衝突・宗教戦争の起爆剤たらんとしている様子がうかがわれる。このような事態に、個人的無謀な行動は慎まなければならないし、無理な取材・報道は国民が望んでいるものではないことを主張しておきたい。
事件の対応で首を傾げるのは、マスコミの過剰反応と、これに乗せられた感じの政府の対応である。公の派遣員ならともかく、一般人のよく目的の分からない紛争地への渡航によるトラブルであり、通常であれば、在外公館が対応すべきレベルの話であろうと筆者は理解している。にも拘らず、マスコミは、フリージャーナリストという言わば「身内の被害」意識があったのか、連日トップニュースで取り上げた。これに乗せられた格好で、官邸は連日総理・官房長官が対応したほか、外務副大臣をヨルダンに派遣するなど過剰な対応ぶりであった。
一般の国民は、「何故この件だけ?」という感じを持ったのではないだろうか。野党側も、直前の安倍首相の中東和平への我が国の貢献策表明にも関連させ、国会で焦点とするなど、騒ぎ立てている感が強い。実に遺憾な状況と言わざるを得ない。本件、国内の反応が高ければ高いほど、理不尽な行動に及んだIS側の有利な状況を作り出したことになり、相手の思うつぼとなったのを銘肝すべきである。もう二度と、このような事案が発生しないことを望むが、もし生起した場合、「日本人人質は効果大」と判断させてしまった対応のなせる結果と言われても致し方ないと憂慮している。
今回の対応のなかで、安倍首相が一貫して主張した「テロリストとは取引しない」とした毅然(きぜん)たる態度は、頷(うなず)けるものであった。「人命は地球より重い」と言った、およそ比較にならない流行語がまかり通り、日本人人質事件に対し甘い態度を取り続けてきた我が政府も、今回の毅然たる対応で、若干の面目を保ったと考えている。テロリスト、非公然組織との取引は、一度甘い対応をすれば、それは必ず次のより深刻な事態を誘起することを覚悟しなければならない。反対に、その時は苦しくても、毅然たる態度をとれば、少なくとも日本人は「金にならない」こととなり、次回以降の抑止効果が考えられる。
平和で安全な社会を謳歌(おうか)している我々は、それが当たり前とする「日本的スタンダード」にどっぷり浸かっている。それ自体は結構なのであるが、世界には各種の事情があり、深刻な抗争を繰り広げているケースが多々見られる。世界中に活動の根拠地を広げている我々であるが、日本社会が特異な「恵まれた存在」であることを自覚し、無謀な渡航や、興味本位な体験を行い、不測事態の尻拭いを政府に求める行動は厳に慎むべきである。そして最も戒めるべきは、マスコミの過剰な取材行動、そして如何にも大業な報道・反応ぶりである。今回の最大の教訓はそこにあると考えている。
筆者は昨年・一昨年2度にわたって中東を旅した。現地の日本人社会は、場所によって異なるものの、イスラム独特の社会規律のなか、確(しっか)りした安全対策を講じ、懸命に生活している状況が見て取れた。反面、日本からの旅行者は、決められたルート以外の地域に踏み込んだり、興味本位の行動が多い。そこには「規律・節度」といった日本人が守ってきた規範が失われてきていると憂いている。
事件後執拗(しつよう)にシリアへの渡航を主張し、外務省からビザ差し止め処置を受けた事例が報道されたが、大いに結構なこと、これを機に不測事態回避の見地から、確りした規制を行っていくべきと考えている。
(すぎやま・しげる)