諜報活動めぐる米独の齟齬

小林 宏晨日本大学名誉教授 小林 宏晨

独内務省が防諜を強化

スパイ否定しなかった米国

 経済スパイは産業スパイと同一ではない。既に十数年前に「エシュロン監視システム」が欧米間の対立源となった。今回も同様に盗聴が問題となっている。

 NSA(米国家安全保障局)、盗聴スキャンダル、経済スパイ等の用語は、既に前世紀90年代に、ヨーロッパ、とりわけドイツの新聞を賑わした。その内容は、米国がイギリス、カナダ、オーストラリア及びニュージーランドの共同のスパイシステム「エシュロン」を開始した事実にある。このシステムは衛星通信を監視し、収集情報をコンピューターセンターで自動的に分析・評価する。

 元々このシステムは、東ブロックの軍事・政治情報が対象とされたが、ソ連ブロックの崩壊と共に、友好諸国も対象とする経済スパイ機能が付加された。その法的裏づけは、ブッシュ大統領(父)時代の1992年に改正された「国家安全保障庁法(National Security Agency Act of1959)」である。なかんずくドイツと欧州を対象とするエシュロン・システムのセンターがバイエルン州バードアイブリングに設置された。

 一例を挙げるなら、ドイツの風力発電装置製造大手エネルコン社が米国の競争会社ケネテックウインドパワー社の米国でのパテント登録により、米国への輸出が禁止される事件が発生。この事件は米国の経済スパイ行為の用例としてしばしば紹介されている。

 しかし、これに対する米国側の反論も存在する。つまり、「米国の水準に比べ、欧州の技術水準は取るに足らない。しかも欧州の問題は二つあり、その一つは、欧州が汚職天国であり、しかもその一部を税控除している国もある。他の一つは、欧州諸国の二重技術、つまり軍事と非軍事の双方に利用可能な技術の輸出である。この二つがいわば政治的経済スパイの根拠であり、純粋な産業スパイとは異なる」といわれる。

 その後NSA首脳は攻勢に転じ、ドイツの情報機関首脳をバードアイブリングのエシュロン・センターに招待し、詳しい説明を試みた。後に連邦情報庁長官となったその首脳は、米国がドイツで産業スパイ行為を行っていないとの感触を得たと語っている。

 更に01年9月11日以来、ドイツと米国の情報機関の協力関係は強化されていった。その後フランクフルト近郷のグリースハイムに米国の新施設が構築され、バードアイブリングの施設は解体された。現在ドイツと米国の政府機関の間には、首相府、外務省及び個々の上部機関のレベルで緊密な情報交換が行われている。13年6月、両国首脳は、ベルリンでの記者会見で双方の見解を述べた。

 スノーデン暴露問題について、問題が米国の「プリズム・プログラム」とイギリスの「テンポラ・プログラム」に限定されるのかとの質問に対し、オバマ大統領は「ある他者がその番号で呼び出したのか否かについて検査する可能性が情報機関に与えられる電話番号の把握に限定され、内容が把握されてはいないので、それは盗聴ではない」と回答している。しかも「全ての他の事項は、裁判官の決定事項だ。全ては人間の生命救済が目的であり、それはドイツでも同じことだ」と回答した。

 このやり取りを注意深く聞いていたメルケル首相は、「これらの諸問題を論議することは、正しく、かつ重要である。多分、全てのデーターが全面的に収集されているかもしれないことを憂慮している。だから双方は、これらの諸問題について長く、詳細、かつ綿密に話し合った。最後に未解決の諸問題について、我々は継続して論議するつもりだ」と述べた。

 前記を外交的公式にはめ込むなら、「非常に厳しい外交的交渉が行われ、しかも対立する諸点が依然として存在する。ドイツは調査を求め続ける。嫌疑事項は、ドイツとパキスタン間の電話事項に限定されない」ということだ。

 更なる問題は、メルケル首相が、「プリズム」と「テンポラ」が新たな暴露の開始に過ぎないこと、しかも同盟諸国に盗聴器が仕掛けられていた事実を知っていたのかということである。盗聴は同盟諸国を含めて不可欠なのか、結論としては「経済スパイ」は不可欠なのかという問いだ。

 14年5月始めの両首脳の共同記者会見でも米国による対ドイツ諜報(ちょうほう)活動については明白な解答が与えられなかった。結論は明白である。つまり、友好諸国間でも相互諜報活動は可能であり現実にもこれが行われている事実があることである。残るは技術格差の問題と友好度の差である。

 これは既にドイツの内務省の政策に示されている。内務省が中心となって各省庁間の通信システムの監視からの保護政策が開始され、外国大使館の監視システムの強化が図られている。内務省は官庁の防諜能力を強化し、ITセキュリティのため包括的取り組みを開始した。この取り組みは、当然「友好国とされる諸国の大使館・領事館を標的とする活動も含まれる」とされている。スターリンの「信頼は良し、統制はもっと良し」の言葉が思い起こされる。

 さて日本はどうするのか。情報収集技術に関しては世界最高水準に到達・維持し、有効なウサギの耳を世界中に張り巡らし、責任ある平和国家体制維持に努めよう。

(こばやし・ひろあき)