お粗末な中国機の接近事態
未熟飛行で衝突の恐れ
国際法規に立脚した軍規を
東シナ海におけるわが海上自衛隊、航空自衛隊機に対する中国戦闘機の接近飛行が頻発し、その映像が報道されている。空中10㍍、20㍍といった至近距離への接近に、政府・メディアはやや熱くなっている気配であるが、若干の所見を披露したい。
まず公海上の軍用機の飛行であるが、これは「公海上空飛行の自由」のルールにより、原則として自由に飛行できる。しかしながら、各国は、相手国の管制区設定の状況、軍用機射爆撃空域等を勘案し、「無用な刺激」を回避するため、それぞれ自前の制限線を設けて自粛的な飛行を行っているのが一般的である。
他方、領空及び周辺の警戒監視にあたる側は、領空主権確保の立場から、公海上空といえども、一定の空域を定めて、飛行物体の国籍、官民の別、飛行計画との照合などを行うのも当然の行為である。この後者の空域を一般に公示したものが防空識別圏(ADIZ)と考えてよい。
従って、ADIZ内で発見した飛行航跡は、飛行計画の有無、方向・速度などにより、監視継続・無線警告・スクランブル機指向など状況に応じた処置を講ずることとなる。ところが中国は、東シナ海上空にADIZを公示、公海上飛行自由の原則を無視し、当該空域の飛行許可は、国防当局の所掌とすることを公言した。各国の猛反発を買い、日米の軍用機は従来どおりの飛行を行っているが、中国は振り上げた拳の下ろしようがない状態にあるのが現状である。その現れが異常な近接飛行だとすれば、お粗末な処置と言うべきであろう。
かつて中国は海南島方面空域で、米海軍の電子情報収集タイプのP3型機に、スクランブルした戦闘機が接触し墜落、P3も最寄りの中国基地へ緊急着陸するといういわゆる「海南島事件」を起こしている。当時の江沢民主席は「EEZ(排他的経済水域)」内の飛行であり「米国の不法飛行」との見解を公表し、国際航空法に対する無理な解釈を押し通そうとして顰蹙(ひんしゅく)を買った。また、犠牲となった中国軍パイロットは、無謀飛行の常習犯で、至近距離で自分のメールアドレスを大書した紙を見せつつ飛行する写真が公開され、中国空軍の飛行規律の未成熟さを晒(さら)け出すこととなった。
今般の接近飛行は映像を見る限り、スクランブル機はSU27派生型の新鋭機で、性能も高いことから飛行規律においても高いレベルで対応してほしいものである。一般に、国際航空法では、有視界飛行をする航空機同士の最小接近距離は500フィート(約152㍍)とされており、軍用機にあってもこれに準拠するのが常識的な行動なのである。
軍用機パイロットの間では、「チェック6」なる用語がある。自機の6時方向、すなわち「後方を常に監視せよ」というほどの意であるが、軍用機は相手が武器発射位置である「後方」に占位することを極端に嫌う。当然の着意である。その点、側方に占位されることは、常に視認できていることであり大した苦にはならない。しかし、極端に近づけば相手の技量により、接触の可能性があり、そのことの方が心配である。「海南島事件」の例を見ても、被害が大きいのは小型機の方であることは容易に察しがつく。
今回の映像では、SU27派生機が、極端な低速にまで速度を落とし、同行飛行しているが、これは「未熟な飛行要領」と言わざるを得ない。亜音速を常用速度とする高速機が、400㌔程度の低速で飛行するのは、決して勧められることではない。「ナナハン」のオートバイで自転車を追尾するようなもので、著しく機動性を失い不安定になる。現に海南島事件ではその弱点をつかれ、P3の旋回に対応できず衝突したのである。
航空自衛隊は、55年の長きにわたって、対領空侵犯措置を行っているが、その主たる対象は旧ソ連・ロシア機である。ロシアの場合、公海上空飛行自由の原則に従い、我が国全周の偵察飛行、情報収集飛行を定期的に実に悠々と飛行する。最盛時はベトナムのカムラン湾基地への往復飛行があり、対馬海峡、沖縄空域での領空接近飛行(含む領空侵犯)が多発した。この間、彼我ともに平時の国際法規に則(のっと)り、若干のソ連側の航法ミス(沖縄領空侵犯等)はあったが、交戦の事態もなく推移している。双方相手の行動が平時の軍事行動として認めあっている状態と言うことができる。
近年航空自衛隊のスクランブル対象は、ロシア機より中国機に対する件数が多くなった。つまり中国が、平時に軍が行う情報収集、周辺海域監視等を活発化させていると言うことができる。あまり歓迎できないが、国際的常識に基づいて行動してほしいものである。
筆者は現役時代、戦闘機操縦者として勤務してきたが、対領空侵犯措置は厳しい任務であり、一触即発の危険性が常にある。しかし、状況が厳しければ厳しいほど、冷静沈着かつ厳格な規律の下に行動するのが現場を預かる者の責務であり、誇りである。
中国空軍もここ20年、急速な膨張と現代化を成し遂げてきた。今後要求されるのは、大国として末端に至るまで国際法規に立脚した軍事規律の確立と、組織の成熟度であり、今回の映像を見る限り、未熟と言わざるを得ない。
(すぎやま・しげる)