米大統領アジア歴訪の意義

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

中国の「挑戦」を抑制へ

「第1列島線」に沿う4ヵ国

 オバマ米大統領は4月23日から日本、韓国、マレーシア、フィリピンの順でアジアを歴訪したが、その戦略的な意義などについて見ておこう。

 概観すると、まず日本では安全保障面で尖閣諸島を名指しした安全保障条約5条の適用など防衛義務が確約された。また経済面では環太平洋連携協定(TPP)交渉がぎりぎりまで行われた。

 次いで韓国訪問では、北朝鮮への対処で緊密な米韓同盟が再確認されたが、日米韓の連携強化を具体的にどう進めるか、の課題が指摘されている。マレーシアでは、長年の不安定な関係を克服して「包括的協力関係」構築で合意したが、TPP交渉の加速ができるか、の課題も残している。フイリピンでは、中国との南シナ海の島礁をめぐる領有紛争を踏まえて、米軍再駐留の新軍事協定が調印できたが、比国内の根強い反米感情を克服できるかの課題が残った。

 このようにアジアの同盟国との連携が強化されることで米国のアジア重視戦略が強調され、中国の台頭に脅えるアジア諸国を勇気づけた成果は大きい。

 実はオバマ政権の対中政策は、これまで協調重視の関与政策で、忍耐強く中国に自制を促してきたが、今次アジア歴訪の狙いは対中姿勢が変わったことと関連している。その一つは米国が同盟国に安全保障を確約することで、アジア重視のリバランス戦略への信頼性を確保し、もう一つが中国にこれ以上の拡張主義的行動は許さないという警告である。

 前者に関しては、その背景に近年のオバマ大統領の弱腰とも見られる外交や権威の失墜が続いた。実際、昨秋はAPEC欠席やアジア歴訪の中止、その後のシリア問題では自ら設定したレッドラインが侵されながら軍事力行使に踏み切れなかった。またウクライナ問題では、プーチン露大統領と合計90分に及ぶ電話会談を繰り返しながらもクリミア半島の独立とロシア帰属化を阻止できなかった。

 後者では、海洋進出で地域秩序を力で変えようとする中国の野望の抑制が図られた。それは同時に米主導の「一極世界」の綻(ほころ)びにつけ込んでくる中国の挑戦への牽制(けんせい)でもある。今次歴訪の足跡はまさに米中勢力が鬩(せめ)ぎ合う第1列島線に沿う4カ国であり、中国の接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略を念頭に置いた対抗措置でもあった。その牽制効果は中国外交部の秦報道官などの激しい反発ぶりからも見て取れよう。

 このようにアジア歴訪は、米国の国際的な威信回復と「アジアへのピボット(基軸移動)」の本気度を誇示した意義がある。

 訪日に関しては、オバマ大統領は米大統領として18年ぶりに国賓として迎えられ、天皇陛下との会見や宮中晩餐会など内容の濃い重要行事で歓迎された。特に安倍・オバマ首脳会談に関しては、既報のように日米同盟の堅確な信頼関係が確認され、大きな成果があった。改めてオバマ来日に伴う成果と課題を整理すれば、まず第一は、周知のように尖閣問題では安保5条の適用が大統領の口から明確にされるなど同盟の確かさが確認できた成果である。これまでも閣僚レベルでは5条適用は反復されてきたが共同声明として発信できた効果は大きい。先立つ4月6日のヘーゲル国防長官と小野寺防衛相の会談では、安保5条適用の裏付けとしてイージス艦2隻の追加配備などが決められた。

 第二の成果は昨年暮れの安倍総理の靖国参拝に関わる米側とのわだかまりが緩和されたことだ。靖国参拝には米国から「失望した」と異例の憂慮が示され、その反応が近隣国のためにする歴史攻撃を増幅させる悪循環になった。今次来日に伴う疑念解消は同盟関係の強化だけでなく、中韓の歴史共闘への抑制に繋がる成果でもある。

 しかし、他方で残された課題も大きい。その第一はオバマ大統領から日本に近隣国との関係改善の努力が求められたことである。米国は中東や欧州で難渋する課題を抱え、アジアの不安定化は避けたい本音がある。米国のジレンマは、中国の横暴を抑制しながらも無用の摩擦を回避して平穏を保ちたい思いで、日本の対応に期待が高まっている。しかし、わが国と中国、韓国との不信感の溝は深い。既に習近平主席に近い胡徳平氏来日を機に隠密面談や高村自民党副総裁の訪中などの努力は始まっているが、中韓との首脳会談に向けて更なる努力がいる。

 第二の課題は、TPP成功に向けた身を切る覚悟と努力である。本来は太平洋を取り囲む国家群の新たな経済圏を構築し、やがて中国をそのルールの輪に誘い込んで地域責任と貢献を求める大戦略があった。中間選挙や国内農家の保護など日米の政治的な困難を克服して成功させられるか、の宿題が残されている。

 第三に、尖閣諸島への5条適用の前に一義的な防衛責任を負う日本がなすべき対策の問題である。尖閣諸島への侵略が巧妙な偽装下で進められる事態に防衛出動が発令できるか、微妙なグレーゾーン事態で防衛行動や警察権執行ができるか、領域警備の任務化などの法整備や米軍の役割や発動時期などの調整の問題もあり、具体的対策にも難題は多い。

 わが国は日米トップ会談の成果を実効あるものにすべく、「仏に魂を入れる」作業に向け、急ぎ現実的な対策が着手されなければならない。

(かやはら・いくお)