安倍内閣の防衛政策に思う

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

国家像を示した「戦略」

兵力量が薄い大綱・中期防

 昨年12月、国家安全保障戦略、平成26年度以降に係る防衛計画の大綱(新大綱)、新中期防衛力整備計画(25中期防)が閣議決定され、安倍内閣の防衛政策体系が整備された。あとは、大綱に明記された日米防衛協力の指針(ガイドライン)の改定をもって、我が国防衛の基幹となる政策作業が完成する。誠に結構なことと考えている。

 なかでも国家安全保障会議、閣議で決定された「国家安全保障戦略」は、昭和32年(1957年)「国防の基本方針」に代わり、制定が待望されていた作業であり、「大戦略の欠如」を長年憂いていた関係者には、喜ぶべき画期的作業である。内容的には、安全保障戦略という概念を対象とすることから、広範な分野の記述に及ぶものの、比較的よく纏(まと)められており肯首できるものである。

 戦後六十九年、平和国家として、経済大国として発展してきた我が国の足跡を背景に、国益を明確にし、これを守るため、国際協調主義に基づく積極的平和主義を基調とし、抑止力・対処力の強化、日米同盟の強化、諸外国との協力推進、国際秩序の強化、紛争解決への主導的役割などを目標とし、厳しさを増す国際環境のなか、広範な分野での戦略的アプローチに取り組むことを謳っており、同時に、従来の「国防の基本方針」の国際協調、国内安全保障基盤確立、防衛力整備保持、日米安保基調を自然に取り込んでいる。

 国家安全保障戦略策定による何よりの効果は、我が国の安全保障に対する明確な意思を示し、かつ国際主義という姿勢を前面に示したことで、内外に受け入れやすい国家像を印象付けたことと考えている。国防の基本方針が、昭和32年という戦後の後遺症冷めやらぬなか、いささか及び腰ともとれる簡素な表現に留まったのに対し、平和主義の実績を踏まえ、堂々と論を展開しており、時間の経過と国としての自信を感じさせて心強い。

 防衛大綱、中期防に関しては、我が国を取り巻く環境の悪化から、喫緊の課題と考えてよい「尖閣問題」「北朝鮮弾道ミサイル」を念頭に、「常続監視能力」の整備・強化、島嶼(とうしょ)部への攻撃への対応として、航空優勢・海上優勢の獲得維持、機動展開・輸送能力強化、陸自主力部隊の機動師団(旅団)化、弾道ミサイル対応として、イージス艦増強、地対空誘導弾強化などが主要項目となっている。

 何れも厳しい環境変化に対応するため、必要なことと考えているが、問題もある。その最たるものは、大綱別表ベースで言うならば、兵力量の薄さである。護衛艦7隻(内イージス2隻)、潜水艦6隻、戦闘機20機の増強が目玉であるが、海上優勢・航空優勢が果たしてこの程度の数値で獲得できるか疑問である。

 特に本年に入って、中国が2隻目以降の空母建造を公表し、6年後の完成を目途とし、大連造船所で建造が始まったと述べている。また、原子力潜水艦の開発装備も進んでおり、これらに対応するには、明らかに、我が方の兵力量の薄さを感じさせる。特に空母問題は、これからの軍事バランス上、大きなインパクトである。統合的見地から専門的対応を検討して、国民が納得できる方策を公表して欲しいものである。

 具体的な予算になると、問題が深刻である。中期防の予算総額は24兆6700億円で、前期に比べ1・8%増となっているが、このうち7000億円については予算措置を行わず、調達努力等により捻出するものとされており、実質予算は23兆9700億円で0・8%増に留まる。これは、本年4月から施行される消費税増税を考えると、実質マイナスとも言える数値で、容易ならざる事態である。26年度予算では4兆8848億円が計上され、前年比2・8%増となっているが、給与特例減額(東日本復興財源確保のための給与減額)の終了に伴う人件費1000億円があり、実質増は0・8%に留まる。これも消費税増税を考えると増額とは言えない事態と思われる。

 懸案の調達努力も、定期整備間隔の延長、一括まとめ買いなどにより660億円を確保したものの、5年間7000億円の年割1400億円には程遠い。お寒い限りである。筆者も何回となく、経費高騰、計画未達成に泣いてきたが、今回もその気配である。

 確かに今般は、増税の年であり、経済・財政上極めて厳しい年である。借金大国の浮沈が懸かっているのも事実である。と言って始めから絵に描いた餅的な計画を発足したばかりの国家安全保障会議(NSC)としても看過するわけには行くまい。財政改革の成果を見つつ、臨機応変の対応がNSCに強く求められるであろう。今回の安全保障戦略、大綱、中期防は、かつてなく我が国を取り巻く軍事環境が厳しいなか策定されたものであり、計画達成に毅然(きぜん)として取り組むことが最小限必要であり、政治・行政の英断に期待するところ大である。蛇足であるが、今回発表の3件の公文は、内容はともかく、特定の片仮名が頻繁に使用され、文章の格調を失っている。内外に施す公式文書であり、表現に工夫を凝らして欲しかったと感じている。

(すぎやま・しげる)