【社説】元首相声明 復興妨げかねない軽率な言動
小泉純一郎氏ら5人の元首相が発表した声明の中に、東京電力福島第1原発事故の影響で多くの子供たちが甲状腺がんに苦しんでいるとの指摘が含まれていた。元首相という立場での言動は、風評被害を広げることにもなりかねない。
「子供たちが甲状腺がん」
5人の元首相は小泉氏の他、細川護熙、菅直人、鳩山由紀夫、村山富市の各氏。欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長に宛てた声明は、EU内での原発推進につながる動きに異議を唱えるもので、福島第1原発事故によって「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ、莫大な国富が消え去った」などとしている。
福島県では事故当時18歳以下だった子供が対象の甲状腺検査で、266人ががんやその疑いがあると診断されている。しかし、専門家による「県民健康調査」検討委員会は「甲状腺がんと放射線被曝の関連は認められない」との見解を示している。
また、事故から10年を迎えた昨年3月、英マンチェスター大のリチャード・ウェイクフォード教授は英科学サイト「サイエンス・メディア・センター」に事故の影響を分析した見解を掲載。「幸いなことに、一般市民が受けた放射線量は1986年の旧ソ連チェルノブイリ事故からは程遠いものだった」と指摘するとともに「チェルノブイリ周辺で見られた小児甲状腺がんの多発は、今回繰り返されないだろう」と総括した。
元首相らの声明は科学的根拠が乏しいと言わざるを得ない。影響力のある立場で不安を煽(あお)り、風評被害を広げて復興を妨げかねない指摘を行うことは軽率のそしりを免れない。
声明に対し、岸田文雄首相は「誤った情報を広め、いわれのない差別や偏見を助長することが懸念され、適切ではない」と述べた。福島県の内堀雅雄知事も「福島復興のためには科学的知見に基づいた正確な情報発信が極めて重要であると考える」と5人に申し入れた。いずれも当然の批判だ。
政府は昨年4月、放射性物質トリチウムを含む原発処理水を海洋放出する方針を決定し、12月には東電が放出計画を原子力規制委員会に申請した。海洋放出には反対も根強いが、福島第1原発の廃炉を進める上で避けて通れない課題だ。声明は、このような動きにも水を差すことになる。
かつて漫画「美味しんぼ」に、福島第1原発訪問後に鼻血が出たり、登場人物が「今の福島に住んではいけない」と発言したりする場面があったため、風評被害を助長するとして問題視された。これ以上、福島の人たちの心を傷つけてはならない。
日本は原発の積極活用を
一方、声明が指摘したようにEUでは原発活用の機運が広がっている。EUは温室効果ガスの排出量を2050年に「実質ゼロ」にする脱炭素社会の実現へ、再生可能エネルギーと共に活用を図る方針だ。
日本も原発の再稼働を着実に進め、新設や次世代高速炉の開発などに取り組む必要がある。原発の積極的な活用が福島の風評被害を軽減することにもつながるはずだ。