米韓軍事演習 北朝鮮への配慮で精彩欠く
米韓両国は朝鮮半島有事を想定した定例の合同軍事演習を開始した。だが、猛反発している北朝鮮に配慮して規模を縮小させ、実戦形式の訓練も見送られるようだ。対北抑止力の維持・強化を目的とする演習を、北朝鮮の顔色をうかがいながら行うのであれば、精彩を欠くのではないか。憂慮すべきことだ。
金与正氏が中止要求
演習は防御や反撃などのシナリオ別にコンピューターシミュレーションを中心とした指揮所連携の確認などに限定され、野外機動訓練は行われない。新型コロナウイルスの感染防止に向け、場所を分散して必要最低限の人員だけが参加するという。
韓国軍合同参謀本部は今回の演習について「朝鮮半島の非核化や平和定着のための外交努力などを総合的に考慮した」と説明した。演習がこれまで以上に抑制的な内容になったのは、コロナ対策という側面もあるが、北朝鮮に配慮したためと自認したものだ。
これに先立ち事前演習が始まると、金正恩朝鮮労働党総書記の妹、与正氏は談話で、米韓両国を非難して「必ず代価を支払うことになる自滅的な行動だ」と述べた。演習中止を求める恫喝(どうかつ)に等しい。
韓国と北朝鮮は7月、断絶していた南北間の通信連絡線を復旧させ、文在寅政権はこれを関係改善のシグナルと評価した。だが、演習が予定通り実施されることが確実になると、1日2回の定期連絡に北朝鮮側が応答しなくなった。北朝鮮の狙いは最初から関係改善ではなく、演習中止にあった可能性がある。
北朝鮮が強硬路線から融和路線に急転換した2018年以降、米韓の演習は延期されたり規模が縮小されたりしてきた。当時のトランプ米大統領が北朝鮮と対話を進めた影響もあったが、文氏が最も力を入れる南北融和をレガシー(政治的遺産)として残すため、北朝鮮に配慮した結果だとする見方が多い。
しかし今回の演習は、北朝鮮により厳しい態度で臨むバイデン米政権下で行われるものだ。規模縮小は、残り任期9カ月を切って南北融和で結果が欲しい文氏の思惑が大きく反映したものと言えよう。
文氏は認めようとしないが、どんなに南北融和ムードが高まっても、北朝鮮は韓国にとって主敵であるという現実に変わりはないはずだ。しかも、演習は北朝鮮の武力攻撃という事態に備えた防衛が主な目的である。北朝鮮の核やミサイルが周辺諸国の脅威となり、今なお軍備拡大が続いている以上、むしろ演習は強化されてしかるべきだ。
政治的思惑で演習の弱体化を進めれば、得るものより失うものの方がはるかに大きい。北朝鮮の脅威はさらに増大し、対北抑止で足並みを揃(そろ)えない韓国に対する米国の信頼は損なわれよう。文氏には、演習が単なる防衛上の結束を超え、米韓同盟に直結するものだという認識がどこまであるのだろうか。
作戦権移譲は困難に
演習縮小で文政権が任期中に実現させようとしていた戦時作戦統制権の韓国軍移管は事実上困難になった。これを機に対北抑止をめぐる米国排除の動きが静まることを願いたい。