コロナに負けぬ“人類意志”示そう
特別編集委員 藤橋 進
木のぬくもりを持つ新国立競技場に聖火が灯った。1年の延長を経て、待ちに待った東京五輪が開幕した。
新型コロナウイルスのパンデミックで、無観客での異例の開催となったが、コロナ禍によって、開催の意義は一層重みを増した。開催は新型コロナという人類がかつて経験したことのない困難に、決して負けないという、強い意志を示すことになる。
天皇陛下は国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長らに、参加選手が安心して競技に打ち込む姿を通じて「新しい未来へと灯火(とうか)がつながれる大会となることを願います」と語られた。
昭和39年の東京五輪は、戦後復興した日本を世界に示し、経済大国へ進むきっかけとなった。今回は、東日本大震災から立ち直った東北の姿を世界にアピールする「復興五輪」と位置付けるとともに、成熟国家としての日本の姿を示す大会とされた。そこに新型コロナ・パンデミックという予想外の事態が加わった。
これに対し、菅義偉首相が「人類が新型コロナウイルスを克服した証」という意義を加えたことは、全く正しい。五輪開催を弾みに経済大国となった日本が、今度は世界が直面する困難克服の一翼を五輪ホスト国として果たそうというのである。
コロナ禍ということで、開会式の祝祭気分はいまひとつだったが、コロナ禍で亡くなった人たちへの黙祷(もくとう)から厳かに始まった。五輪史上に残る開会式となった。
海外からの観客の受け入れを断念し、さらにはほとんどが無観客の開催となり、当初期待された五輪の経済効果も望めなくなった。しかし、これによって開催意義がより純化されたともいえる。参加選手たちが自己の限界に挑戦し、スポーツマンシップに則(のっと)って競い合うというオリンピックの原点、スポーツが持つ力への期待が否が応でも高まる。
ホスト国としての最大の責任は、大会のスムーズな運営であり、選手たちが自己の力を最大限発揮できるよう「安全安心」を保証することだ。バッハ会長や海外の人々の言葉には、東日本大震災では人々が結束し困難に毅然(きぜん)と立ち向かった日本ならそれは可能、という信頼が感じられる。困難に立ち向かう日本に世界が注目している。