極超音速兵器による安全保障リスクを政争の類いだと貶める朝日

米ハワイ州で試射される極超音速兵器=2020年3月撮影、米海軍提供(AFP時事)

変わる軍事力勢力図
 人間が感じる痛みは、体の健康を保つ上で予備的安全保障となっている。

 火に近づき過ぎても熱いと感じなければ、生命体を維持している細胞組織が焼き焦げるなど壊滅的打撃を受け再生修復は難しくなる。時に生死に関わる致命的打撃を被ることもあり得る。熱いことを熱いと感じ、痛いことを痛いと感じることは、生命維持のための必須条件だ。

 その点、社会的生命体ともいえる国家も同様だ。国家の安全保障を脅かす危機を危機と感じることがなければ、亡国の運命を余儀なくされることもあるからだ。

 昨今、極超音速兵器の脅威が高まりつつある。極超音速兵器は音速の5倍以上の高速度で飛翔(ひしょう)し、軌道が低いだけでなく、飛行ルートを不規則に変えることができる。弾道ミサイルのように「発射―上昇―ピークアウト―下降」といった固定の放物線の軌跡を描かないため、飛行ルートの予測が難しく、現存するミサイル防衛システムでは迎撃が困難なため、核兵器搭載が可能な極超音速兵器は、軍事力の勢力図を変える「ゲームチェンジャー」にもなり得るものだ。

 地球を1周するのに数時間で済み、しかも地球上のどこでも狙った所にミサイルを撃ち込める極超音速兵器は、刀の時代に鉄砲が現れ、大砲の時代に核兵器が現れたのと匹敵する軍事革命ともいえる代物だ。わが国の防衛白書も、極超音速兵器は「将来の戦闘様相を一変させる可能性を持つ」との認識だ。

 なお極超音速兵器には、打ち上げたロケットから分離して攻撃目標まで飛行する「極超音速滑空体」と、空気を取り入れながら加速することが可能な「極超音速巡航ミサイル」の2種類がある。

米中露など開発競争

 この開発競争に米中露がしのぎを削り、北朝鮮も参加している。特に中国は極超音速ミサイル東風17の発射実験に成功したとされ、軍事評論家の多くが「もし、そうならソ連が先にスプートニク打ち上げに成功したほどの衝撃だ」としている。

 従来の兵器体系を塗り替えかねない極超音速兵器の脅威を正当に評価しないと、国家の生命を奈落の底に落としかねないリスクにさらされることになりかねない。

 10月29日付朝日は、この問題を取り上げ、中国が極超音速兵器の実験を5年間で数百回実施したとの米軍高官発言を記事にした。対する米軍の実験は9回にとどまるとされるが、朝日はこの米軍高官発言には「中国の脅威を強調し、与党・民主党に浮上する軍縮論を後退させる思惑も透ける」として政争の類いの記事に貶(おとし)めている。

 一方、同月1日付読売社説は、「『極超音速』発射 北ミサイルの多様化は脅威だ」との表題で、北朝鮮が極超音速ミサイルの発射実験を行ったと発表したことに対し「深刻な脅威」との認識を示した。

 また13日付本紙社説では「極超音速弾 高まる脅威への対処を急げ」と題し、政府が昨年6月、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」導入計画を全面撤回した背景には、「このシステムでは極超音速兵器への対処が困難なことがある」と深掘りした上で、自民党安全保障調査会の下にある「ミサイル防衛に関する検討チーム」が「敵基地攻撃能力を念頭に『相手領域内で弾道ミサイルなどを阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みを進める』と打ち出した」ことを評価した。

国家存続の必須条件

 国内経済の屋台骨がガタついている中国や、そもそも経済を支える屋台骨が存在しない北朝鮮にとって、国際政治の局面打開を図るカードとなる極超音速兵器は垂涎(すいぜん)の的だ。だからこそ、毛沢東が「たとえ、ズボンをはかなくても核を持つ」と檄(げき)を飛ばしたように、その開発にしのぎを削る。

 その危機を危機と受け止める正当なリスク感覚こそは、国家存続のための必須条件となる。

(池永達夫)