「冗長性」持った保育制度実現を
日本学術会議主催学術フォーラム
日本学術会議主催学術フォーラム「乳幼児の多様性に迫る:発達保育実践政策学の躍動」がこのほど、同会議講堂で行われた。会場には保育園・こども園・幼稚園の保育士・先生ら関係者300人が集い、脳と乳幼児の発達特性の多様性、両親の離婚や海外からの移住者の貧困問題に関わる乳幼児の養育環境の多様性などの現状報告、対応、問題提起についてシンポジストの話に耳を傾けた。(太田和宏)
「乳幼児の多様性に迫る:発達保育実践政策学の躍動」
第1部として「乳幼児の発達特性の多様性」について討議した。
「ことばが繋ぐ多様な脳」と題して、首都大学東京人文科学研究科の保前文高准教授が話題提供を行った。脳は機能によって多様な部署に分かれ、基本的な脳の発達は視覚野、運動野で言葉を捉え、まとめる部分が連動して言語獲得と脳の発達に至る。個性・社会性の発現は他者との会話から生まれる「スピーチチェーン」で開花していくと脳の発達段階の“不思議”を語った。
「特別な教育的ニーズのある子どもを包み込む保育者や子どもたち」と題して独立行政法人国立特別支援教育総合研究所の久保山茂樹総括研究員は障害の有無にかかわらず「誰もが望めば合理的な配慮のもと地域の普通学級で学ぶ」インクルーシブな保育について現場の様子を語った。
さまざまな保育園・こども園・幼稚園の取り組みを久保山氏は、一人一人の特性・発達の課題を見取り、環境を整え、遊びを通じた幼児教育をすることだと指摘。①物理的・技術的な保育の質の向上②支援保育者の幅が広がり緩やかさを持った個に応じた③子供たちの力も活(い)かしながら、力を発揮しやすい環境――をつくり、時間、空間など、安心を与えられる共生社会の形成が望ましいと指摘した。
東北大学大学院医学系研究科の大隅典子教授は生殖補助医療の発展や保育器の進化で、出生時、2500㌘以下の低体重児や1500㌘以下の極低体重児も成長していけるようになったが、さまざまな障害が残ったり、成長過程での多様性も表れるようになる。また、乳幼児の時期から多様な個性が生まれてくる。それらを理解することが“寛容”な心を生み出すことにつながる。
集中している子供が次の何かに移動することが非常に困難だという場合、研究者にとって、集中力というのは非常に大事なこと。追究・研究に向いている。飽きっぽい性格は追究・探究に向かない。個々の子供に向き・不向きが現れると、インクルーシブな保育のあり方を解説。将来的には教育とか、老人介護とか、人生観・生き方論に広がる課題である。多様性の中での個性ということを提言した。
第2部として「乳幼児の養育環境の多様性」について討議した。
母子家庭、父子家庭、両親そろった家庭、さまざまな理由で家庭が貧困に陥り、脱出を願っている。公益財団法人「あすのば」は支援を受けた“貧困家庭”にアンケートを実施、データを基に、日本大学文理学部教授であり、公益財団法人あすのば理事の末冨芳氏は「乳幼児期からの継続的貧困層の育ちとニーズ」について報告した。
乳幼児期、それ以前の生まれる前から困窮に陥っているグループでも、(親子関係が良好な場合)公的機関の支援チェーンにつながっていれば、何とかなるケースが多い。その一方で、友達が所持しているスマートフォンを諦めたり、4年制大学への進学を諦めたり、「どうせ、貧しいから」と諦める子供が多いというのも事実。現行の硬直化した日本の義務教育制度の中で貧困から脱出するのは非常に難しい、ということを示唆した。
「移民的背景をもつ子どもたちの家庭環境と日本社会への適応」と題して、東京大学大学院教育学研究科の額賀美紗子准教授は環境整備の重要性を語った。
移民的背景をもつ子供たちは、日本語の会話が難しかったり、容姿の違いで“差別的”な態度を取られることが多い。また、保護者の言葉の問題で、公的支援を受けるための保育園・こども園・幼稚園など申請ができなかったりすることが多い。子育てや幼児教育、生活習慣など文化的障壁もある。これらを克服するために親子ともども、日本語を教えたり、習慣を身に付けてもらう環境整備が必要だ。とりわけ社会的ネットワークの構築、そして、「同化主義」ではなく、移民的背景を尊重した他文化との共生への転換が必要になってきていると語った。
東京大学大学院教育学研究科の村上祐介准教授は、制度の側面から、保育制度の質ということを考える際に多様性という価値を考え、これまで重視されてきた「量」より「質」に軸足を移動する時に来ている。政策課題の提示、問題発見を指摘するフォーラムのようなものの重要性が高まってくる。行政において最も重要なのは「冗長性」。効率性を優先するのではなく、「ゆとり」「ゆるやかさ」も必要になってきている。教育と福祉の連携の問題、多様性を保障するには、一元的に支援する方向で行くしかない。だが、多様性を保障することも重要。二者択一ではなく、うまく、折り合いを付ける社会環境づくりが必要だ。