安らぎ伝える母の子守歌


 よく「三つ子の魂百まで」と言われるが、実際に3歳ころのことを覚えているかと聞かれると、そんなに自信はないはずだ。幼いころの記憶は、所々残っていても、それが何歳ころかまでは分からないためだ。

 筆者の場合は一つだけはっきり3歳ころと覚えて(思い込んで?)いることがある。それは夜に、昔の実家で父と二人だけで寝ている時の、非常に心細くて不安な思いだ。ほぼ3歳違いの弟は近くの病院で生まれたが、出産のため母が入院している時の記憶ではないかと思っている。それまでは、いつも母と一緒に寝ていたのに、(恐らく)初めて母と離れて寝る時の寂しさと不安なのだろうと、不思議と確信しているのだ。

 どこでも大差はないと思うが、昔の田舎の夜は本当に暗かった。部屋の中も月の煌々(こうこう)と照る夜でもなければ、寝る前に電灯を消すと真っ暗闇になる。横になるとすぐ意識がなくなる最近とは違い、子供のころは寝付きが悪かった。それで、寝床ではいつも母の手を握り、なかなか眠れない時はその手を強く握り締めて、私も眠っていないよというサインとして、握り返してくれるのを待っていた。

 そんな子だったので、幼児期で一番残っている記憶は、真っ暗な寝床で聞いた母の子守歌だ。「眠れよい子よ、庭や牧場に、鳥も羊も、みんな眠れば…」とか、「諸人こぞりて、迎えまつれ。久しく待ちにし、主は来ませり、主は来ませり、…」とか。思えば、60年近く前の田舎町でモーツァルトの子守歌や讃美(さんび)歌を子供に聞かせる母は、ハイカラな人だったのかもしれない。

 そんな母ももういない。でも、その歌声と安らぎの感覚は今も筆者の魂に刻まれている。今のお母さん方は何かと忙しくて添い寝で子守歌は難しいのかもしれない。でも、幼児に安らぎの原体験を与えられるのは、やはりお母さんだと思うので、いい思い出を作ってあげてほしいものだ。(武)