今も思い出す伝説の授業
先日、故郷の弟から電話があって今年の夏に中学時代の同窓会があることを知らせてくれた。皆が還暦を迎える昨年はまだ勤めている人も少なくないだろうから、1年遅らせて開くというのだ。
久しぶりに同窓生の面々のことを懐かしく思い出したが、どういうわけか、同時に、当時のある先生の授業のことが頭に浮かんだ。自分は受けてもいない授業なのに、だ。
その先生は理科の1分野が担当で、入学前からその厳しい授業で噂(うわさ)になっていた。筆者の中学校は当時、生徒の自主性を育てるため、始業・終業のチャイムは鳴らさず、各教室に時計を掛けて、それを見て生徒が授業に合わせて動くことになっていた。
その日は自分たちの授業が少し早く終わったので、教室を出て廊下を友人たちとワイワイ言いながら歩いていたのだが、ある教室の横に差し掛かると、生徒たちが急に静かになって姿勢を正してゆっくり歩き始めるのだ。不思議に思って窓から中を覗(のぞ)くと、案の定、その理科の先生の授業だ。窓越しにその緊張した雰囲気が伝わってきて、こちらの足どりも自然とすり足になる。さらに驚いたのは、教室の中から壁時計の秒針の「カチ、カチ」と動く音が廊下まで聞こえてきたことだ。その秒針の音が今でも蘇(よみがえ)ってくるのだ。
自分の子供たちはもとより、少しは仕事でも人に教えることを経験した今になって思うのは、あれほど真剣な授業を続けるのは並大抵ではないということだ。不真面目な生徒にチョークの洗礼を浴びせるとか、授業を理解できない生徒に重いノルマを与えるとかの、物理的な手法以上に、その場の空気を一変させるほどの真剣さが生徒たちに(教室の外を歩く生徒にまで)伝わっていたのだろう。
今の学校では考えられない光景だろうが、その秘訣(ひけつ)は何だったのか妙に気になる。今は、一度でもあの授業を受けてみたかったなあとしみじみと思う。(武)