定年を迎える夫と妻
定年は男性だけのものではないが、定年に関する本は男性が書いたものが多い。軸足を生活に置いている女性と違って、定年は男性にとって格別な意味を持つようである。
以前、地域の集まりで会った男性が、リタイアした時の苦い経験を話してくれたことがある。勇気を出して地元のイベントに顔を出した時の失敗談だ。自己紹介で何気なく「一応、銀行マンをやってまして」と言った瞬間に感じた冷たい視線にショックを受けたという。過去を軽々に口に出せないとしたら、どうやって人間関係を築いていけるのか。強い自己喪失感を覚えたという。
先週の土曜、久しぶりに姉の家に電話を入れると、義兄が電話に出た。「3月で完全リタイアし、初孫の世話やら家の雑用で使われてます」と、勝手が違う毎日に戸惑っている様子だった。一方、「これから毎日、大変なのよ!」と、リタイアした夫を迎える姉の方も胸中穏やかではない。
筆者も夫が早期退社した頃、焼きそばくらい作れるようにと、教授したことがあった。ところが、火加減が分からず真っ黒に仕上がった上に、フライパンで火傷(やけど)をする始末。「二度と料理はしない」と、以来包丁に触らなくなった。
これは失敗例だが、浅草の合羽橋の問屋街にマイ包丁を買い求めに行くほど、仕事一筋の夫を料理好きに変貌させた知人もいる。
数々の失敗を重ねながらも、家事役割をうまく分担しながら、夫婦の危機を乗り越えていければ、人生100年時代に向けて第二、第三の人生が拓(ひら)けてくる。
定年を迎える男性向けに書かれた定年本は、読んでみると男の本音や弱さが赤裸々に綴られていて面白い。定年後の夫婦の摩擦を回避する一助として、迎える側の妻にもお薦めしたい。(光)