心のバリアフリー


 平昌冬季パラリンピックが9日、開幕する。パラリンピアンと言えば、筆者が真っ先に思い浮かべるのは成田真由美さん(47)だ。冬季ではないが、アトランタ、シドニー、アテネ、北京の4大会連続出場。女子水泳で金15個を含む20個のメダルを獲得している。

 6年前、成田さんにインタビューした。その時、人生に前向きな彼女の姿勢に、自らの生き方を正された思いをしたのを鮮明に覚えている。

 男の子に交じって野球をするなど、スポーツ好きだった彼女が横断性脊髄炎による下半身麻痺(まひ)になったのは13歳の時だった。「一生、君の足は動かない」と言われ、食器を投げ付けたりして荒れた。

 入院していた病院には幼い子供たちがいた。「中学生だからしっかりしなきゃ」と背伸びしても、周囲が寝静まってから、タオルを口にくわえ、布団に潜って泣いた。しかし、子供が何人も亡くなっていくのを目の当たりにして、「この子たちの分まで生きたい」と、車椅子生活を前向きに考えるようになったという。

 水泳を始めてからも、悲劇が襲った。身体障害者の水泳大会からの帰路、居眠り運転の車に追突されて頸椎(けいつい)を損傷。左手にハンデを背負うだけでなく、幾つもの後遺症を残した。北京大会後も、難病から6回(当時)も手術を繰り返したというが、「再発するたびごとに、さまざまな出会いがあるからわくわくする」と明るく語っていた。

 平昌冬季五輪のフィギュアスケートで、ケガを克服して五輪連覇を成し遂げた羽生結弦選手への国民栄誉賞授与が事実上決まった。一方、メダル20個を獲得した成田さんは今も障害と病気を抱えながら、学校などで講演活動を続け、努力を積み重ねることの大切さを訴えている。オリンピックとパラリンピックとでは、選手の評価に差が大きいのは、日本はまだ“心のバリアフリー”の道半ばだということだろう。(森)