教育のために憲法改正?


 元米国務省日本部長のケビン・メア氏が本紙とのインタビュー(18日付掲載)で憲法9条の改正議論について、「子供の教育のため」9条を改正した方がいいと述べている。

 メア氏はその理由について「日本の子供たちは、学校で平和憲法があるから平和で、日本は軍事力を持っていないと教えられている。だが、日本には戦闘機も護衛艦もあり、矛盾している。それは教育的に良くない」と敷衍(ふえん)している。学校で教えていることと現実が矛盾している、つまり、事実でないことを教えるのは教育的でないという、明快な指摘だ。現実にそぐわない法律(憲法)は当然、現実に適合するよう変えられるべきだというプラグマティズム的な考え方がその前提にある。

 ところが、今でも野党第1党を代表してテレビ討論に出る議員が、平和憲法のおかげで戦後の日本は平和だったという趣旨の発言をするほど“9条神話”が根強い日本では、問題はそう簡単ではない。彼らは9条こそ、日本が先の戦争を反省して世界に先駆けて「一切戦争はしません、攻めてきても手を出しません」と平和主義で進むことを宣言した「今の憲法の中で一番、世界に向かって誇ってよい」条文だと固く信じているので、改めるべきは9条でなく、9条を逸脱(改正)しようとしている政府の方だという結論になってしまう。

 独立国家として考えられない戦争放棄と戦力不保持を謳(うた)った9条はもともと、連合国軍のマッカーサー司令官が「日本を完全に武装解除し、非軍事化する」という対日占領方針を実現するために挿入した条項だ。9条の神格化はその実情を、国民(特に子供)にそのまま教えられない当時の政府のブレーンたちが考え出した画期的な論理だったのだろう。しかし、ここまで国民の心を捉えて「防衛音痴」を量産するとまでは思わなかったのではないか。教育の力とは恐ろしいものだ。(武)