トランプ氏への監視強化を、共和党内に広がる混乱
愉快な驚きの就任100日は終わった。ばたばたと忙しく、熱を帯び、混乱もあった。しかし、どれも通常の範囲内だった。政策(例えば医療保険)は徹底的に討議され、最高裁判事は承認され、外交政策の課題(例えば北朝鮮)には対応した。
移り気で、無計画で、時に自己破壊的なトランプ大統領の性格は選挙戦中から変わっていない。しかし、議会、法廷、州、メディア、長官など民主主義のガードレールのおかげで、境界線内に収まっている。
だが、この10日間でこの国は、大混乱に陥ってしまった。トランプ氏の精神状態のことだ。精神分析で言う、心の奥底にあるイドの領域だ。カオスが支配し、ガードレールも抑え切れないほどだ。
通常の活動は消えた。北朝鮮が新型ミサイルを発射し、米国にとって最も複雑で難しい同盟国トルコの大統領の訪米というやっかいなできごとがあっても、ほとんど注目されなかった。大統領はこれで終わりだ。このブラックホールからは誰も抜け出せない。それは三つの部分からなる。
◇FBI長官解任の愚
第1は、コミー連邦捜査局(FIA)長官の解任。ロシアとの関係をめぐって自身の正当性が脅かされていると感じて焦ったトランプ氏は、無慈悲に、衝動的にFBI長官を解任した。その上、解任をうそというボディーガードで取り囲み、司法省の勧告のせいにした。トランプ氏の周辺も同じ発言を繰り返した。だが、2日もたたずにボスが矛盾を露呈し、この主張は覆され、大恥をかいた。
その結果はどうだろう。犯罪ではないにしても、うその上にうそを重ね、手の込んだ隠蔽(いんぺい)という印象を与えた。ニクソンは少なくとも、三流の不法侵入、それに付随する重罪をもみ消そうとした。だがここには死体も、動かぬ証拠もない。トランプ氏は、何もないと主張するが、その振る舞いからは、至る所にあるように見える。
第2は、ロシアへの機密情報の暴露。ばかばかしく、犯す必要のないミスだ。メディアのヒステリーにもかかわらず、国家安全保障に関する取り返しのつかないような災難は起きていない。
イスラエルの人々は、自国のスパイが危険にさらされるのではないかと動揺しているが、これによってイスラエルや他国情報機関と米情報機関との間に亀裂が生じると考えるのはナンセンスだ。この種のことは常に起こりうる。オバマ政権では、イランに仕掛けたスタクスネット・ウイルスの機密情報が漏れ、イエメンでの二重スパイの存在が明らかにされたが、トランプ氏の時のような大騒ぎにはならなかった。
しかしながら、ここでも、隠蔽が犯罪を大きくしのいだ。トランプ氏は3人の高官に、機密暴露の話は間違いだと宣言させた。翌朝、トランプ氏は、機密の公開は完全に大統領の権限の範囲内だとツイートした。それによって、機密の暴露が事実であることを自ら認めた。マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)は最初、トランプ氏による機密暴露を否定したが、トランプ氏の矛盾した発言とのつじつまを合わせようと、記者会見で四苦八苦していた。情けない光景だった。
そこで第3の危機が16日夜に訪れた。フリン前大統領補佐官へのFBIの捜査をトランプ氏がやめさせようとしたと記したコミー氏のメモだ。そのとき、共和党は大統領を守ろうとするのでなく、知らないふりをしたが、無理もないことだ。ホワイトハウスは急いで、否定の声明を発表した。署名のない声明だった。上司がツイッターで完全に食い違うツイートを出すかもしれない声明に誰が署名したいだろうか。
◇憲法修正第25条浮上
共和党に動揺が広がっている。その一つの兆候が、恐らく最終的に弾劾に行きつくのを回避するためだろうが、トランプ氏を憲法修正第25条によって排除するという話が出回っていることだ。
職務が遂行できない大統領を、副大統領と過半数の長官の判断で排除することを可能にするこの条項ができたのは、ケネディ大統領暗殺後のことだ。
最悪の案だ。この修正条項の意図そのものから外れている。そもそもこの条項ができたのは、愚かな言動ではなく、不測の事態に備えるためであり、ナルシシズムというよりもアルツハイマーの発作に備えるためのものだ。でなければ、クーデターだ。側近による指導者への転覆工作だ。
米国は、チューダー家やスチュアート家より進んでいるとばかり思っていた。そればかりか、これが実行されれば、既存の価値観を壊すアウトサイダーを排除するためのイスタブリッシュメントによる不正な権限の行使とみられることになる。そうなれば米国政治史を揺るがす大事件だ。米国政治の根幹でずっと続いてきた部分、すなわち大統領であるための条件を不当にひっくり返すことになる。
トランプ氏の態度は混乱を招いているが、それほど驚くべきものではない。移り気な性格は、就任後に別荘マー・ア・ラゴでヘビにかまれたためではない。ずっとこうだった。それでも、米国の有権者はトランプ氏を選んだ。
どうすればいいのか。ガードレールを強化すべきだ。この気まぐれな大統領への監視を倍加させるべきだ。事実に基づいて進めるべきだ。特にコミー氏のメモは重要だ。
トリックは通用しない。合憲かそうでないかのどちらかしかない。
(チャールズ・クラウトハマー、5月19日)