親の顔を知る幸せ、恵まれた境遇に感謝


 昨年夏、父を亡くした。大正15年生まれ、93歳だった。脳梗塞を患っていた父を、東北にある実家近くの病院に見舞ったのは昨年の今ごろだった。以来、父の顔を見ることはなかった。

 死に顔を拝むこともできなかった。コロナ禍だということで、東京からの葬儀への参席は、親族でもできなかったのだ。当時の状況では、喪主の兄もどうしようもなかった。

 それではあまりに申し訳ないと思ったのか、後日、兄嫁が5年前に他界した母の写真と父のそれとをペアにして渡してくれた。今、部屋に飾った、その写真を見ながら、二人の在りし日の姿を思い浮かべる毎日だ。

 最近、両親の下で育ち、二人が他界した後もその面影を胸に刻んで生きられることがどんなに幸せなことか、と教えられるドキュメンタリー番組に出合った。「母を探して~養子縁組で渡米した洋子~」。もともとは昨年4月、テレビ朝日が放送したものだが、それをたまたまインターネットTVで見た。

 主人公は戦後間もなく、5歳で国際養子縁組で米国に渡った女性。米兵と日本人女性の間に生まれた。母の顔は覚えていないし写真もない。

 70歳を過ぎて人生の終わりが近づくに従い、どうしても母の顔を見たいという思いが募る。ネットを通じて、母親捜しを手伝ってくれる日本人男性に出会ったことで、来日が実現する。しかし、母はすでに亡くなっていた。墓参りを済ませ、米国に戻る直前、奇跡が起きる。母が写った写真が出てきたのだ。

 「母がどんな顔をしているか、知らずに生きてきた。唯一の親だから必死に顔を思い出そうとしてきたが、できなかった。救われました」と、女性は母の写真を手に涙した。

 事情はさまざまだが、父親の顔、母親の顔を知らない人は少なくない。恵まれた境遇で育ったことを感謝しながら生きねば、と思った。

(森)