一枚のマスクに日本人ならではの心温まる光景


 コロナ感染第2波到来の懸念が高まっているのに、気が緩んでいる自分を発見する。最近、マスクなしで外出することが何度かあった。そんなこともあるかと思い、鞄(かばん)の中に予備を何枚か入れているので、事なきを得ている。

 地下鉄に乗っていた時のこと。70歳前後とおぼしき女性がマスクをしないで乗車してきた。座席に着くなり、ソワソワしだした。鞄を開けて何かを懸命に探していたが、見つからない様子だった。

 たぶんマスクだろう。昼前で車内はガラガラ状態で両隣の席は空いていた。「ソーシャルディスタンス」は保たれているのだから、気にしなくてもいいのではないか、と思ったが、その時、知人が自身のフェイスブックに書いていたことを思い出した。

 マスクなしで電車に乗ったので、車両の一番端に座ったにもかかわらず、周囲から突き刺してくるような視線を感じて、「生きた心地がしなかった」というのだ。少々、大げさな表現だったが、「人に迷惑を掛けてはいけない」と言われて育った世代としては、その気持ちも分からなくはなかった。

 前出の高齢女性も、居心地が悪そうにしていたが、知人のケースとは違い、向かいの席に座っていた40歳前後の女性から温かい目が注がれていた。自身の鞄からマスクを取り出し、「お使いください」と差し出したのだった。

 「ありがとうございます」と、マスクを受け取った高齢女性は、財布から硬貨を何枚か取り出し差し出したが、女性は受け取らない。「受け取って!」「気になさらずに!」というやりとりが2、3度繰り返された後、高齢の女性はもう一度頭を下げて引き下がった。

 マスクをしない人に罰金を科す国がある中で、日本人ならではの光景に心が温まった。その一方で、鞄からマスクを取り出すことを思い付かなかった男の配慮のなさを知らされた気がした。

(森)