医師が患者との性的関係を持つことの禁止を

自殺した女性の遺族ら、厳重処分と法整備を求める

 精神科医の立場を利用して性的関係を持ち、心身を支配したとして、5年前に自殺した女性の遺族らがこのほど、医師免許の剥奪など厳重な処分を求める要望書を厚生労働省に提出した。また、こうした人権蹂躙(じゅうりん)をなくすには、医師が患者と性的関係を持つことを禁止し処罰する法律が必要として法整備も求めている。

精神科医が立場を利用して、治療名目に「支配」の恐れ

 要望書を提出したのは、鹿児島県の倉岡祐子さん(57)ら7人と遺族を支援する弁護士。倉岡さんの次女(当時27歳)は同県内の精神科クリニックに通院中の2014年12月、自殺した。初診から9カ月後だった。また、7人の中には、16年8月に自殺したクリニック従業員女性の遺族も含まれている。

医師が患者との性的関係を持つことの禁止を

記者会見する遺族の倉岡祐子さん(中央)と米田倫康さん(右)=11月25日、厚生労働省(市民の人権擁護の会日本支部提供)

 次女の死について、警察は事件性なしと処理したが、倉岡さんが遺品の中に、スマートフォンに残されたメールを「どうか見て下さい」と書いたメモがあるのを発見。見ると、主治医と1000件を超えるメールのやりとりがあり、2人が男女の関係にあったことを知った。

 メールの中には、関係を清算し治療に専念したいと伝える次女に、主治医が「そんなこと言うなら頓服出さない」「じゃあ治療おしまいでいいね」と、立場を利用して次女を追い込みながら、その心を「支配」しようとしたと受け取れる内容もあった。

 要望書を提出した後、倉岡さんと共に記者会見した「市民の人権擁護の会日本支部」代表世話役・米田倫康さんと遺族らの調査によると、少なくとも女性2人が自殺したほか、この医師による性的被害は約30件に上ることが判明した。

 医師は次女と性的関係を持ったことは認めたが、「合意の上だった」と主張したという。問題の性質上、事件化するのが困難なことから、精神科医による人権侵害を監視する活動を行っている米田さんは事態の深刻さを知らせるために、一連の経緯をまとめたドキュメンタリー『もう一回やり直したい』(萬書房)を今月上梓(じょうし)した。

 一方、問題の医師は今年3月20日、同県内で経営していた精神科クリニック2カ所で、14~17年にかけて架空の診療報酬明細書を作成し、診療報酬計約50万円をだまし取ったとして、鹿児島地裁で懲役2年、執行猶予4年の有罪判決を受けた。その際、裁判長は「診療報酬制度の根幹を揺るがしかねず、重大で悪質」と述べている。9月26日の控訴審判決も一審支持となった。

 だが、上告中で、刑が確定していないことから、遺族らは「(刑が確定しないと)行政処分は下せないという法の盲点を突き、有罪判決後も診療を続け問題を起こしている」と指摘。さらに、判決が確定したとしても、診療報酬の不正請求のみが行政処分の判断材料とされたならば、数カ月間の医師免許停止で済む可能性が高い、と懸念する。

 米田さんによれば、米国医師会の倫理規定は、患者との恋愛を禁止するだけでなく、精神科医や心理カウンセラーが患者と性的な関係を持つことを犯罪行為とし処罰する州もある。ドイツと英国も刑法で同様の禁止事項を設けている。

 わが国では問題の医師も所属する日本精神神経学会が「専門的技能および地位の乱用を行ってはならず、精神を病む人々からのいかなる搾取も行ってはならない」とする精神科医の倫理綱領を掲げるものの法的効力はなく、精神科医と患者との性的関係を禁じる法令は存在しない。

 要望書は問題の医師について、「医師、保険医、精神保険指定医の資格について、それぞれ早急に剥奪する行政処分を下すこと。その際、刑事事件となった診療報酬の不正請求に係る行為のみを考慮するのではなく、その背景にあった精神科主治医という立場を悪用した性的搾取等の、医師としての資格に欠いた倫理に反する行為を全て考慮すること、それらの事実を確認するために、関係者に聴聞を行うこと」を求めた。

 倉岡さんは「精神科医に翻弄(ほんろう)され自ら一線を越えてしまった命を、私たち母親2人は決して無駄死にで終わらせない」と、患者の人権を守るための活動に力を入れることを誓っている。米田さんは「私とご遺族の目指すのは二つ。医師法を最大限に適用させて医師免許を剥奪すること。もう一つは、これ以上同じ悲劇が精神医療現場で繰り返されることのないよう法改正を実現すること」と訴えている。