新渡戸稲造と『武士道』


5千円札の肖像で馴染(なじ)み深かった新渡戸稲造には『武士道』の名著がある。1899年にニューヨークで発刊され、ジョン・F・ケネディらに愛読された。

新渡戸が執筆を思い立ったのは、ベルギーの法学者ド・ラブレーとの会話からだ。「貴国の学校に宗教教育はないのですか」と聞かれ、「ありません」と答えると、彼は驚いて「宗教なし! ではどうやって道徳教育をするのですか」と問われた。そのとき、心に浮かんだのは幼年時代の家庭教育。南部藩士の子に生まれた新渡戸にとっては武士道だった。

新渡戸稲造と妻メアリー(Wikipediaより)

武士だけでなく、農民、職人、商人にも「道」があり、いずれも家庭で培った。3年後に1万円札の肖像となる渋沢栄一は、幼年期に父から漢籍(中国古典)の手ほどきを受けて「日本資本主義の父」となった。

岸田文雄首相の派閥「宏池会」の大先輩、大平正芳元首相も家庭教育の人だった。父親の影響で読書好きとなり、苦学の末に大蔵官僚となって宰相にまで上り詰めた。

首相時代の1970年代末に家庭崩壊が社会問題化すると、「家庭時代の幕開け」を唱え、「家庭の日」の祝日案など多彩な家庭基盤充実策を打ち出した。ところが、急逝。その後のバブル経済で「家庭」は吹き飛ばされた。

岸田首相は大平元首相の「田園都市構想」をもじって「デジタル田園都市構想」を掲げ、派閥の祖、池田勇人元首相の「所得倍増」も口にする。家庭基盤充実もぜひ、お忘れなきように。