安らかに眠れ、ジョンソン軍曹
米コラムニスト キャサリン・パーカー
哀悼の電話めぐり議論に
死者の名忘れた大統領
よくないニュースが多い中、せめてものいいニュースがあるとすれば、ラデービッド・ジョンソン氏の名前を誰も忘れられなくなったことだ。
ジョンソン氏は言うまでもなく、ニジェールで最近殺害された4人の米兵の1人だ。トランプ大統領が哀悼の意を伝えるために夫人に電話をした際、ジョンソン氏の名前はトランプ氏の記憶の中から消えていたとみられている。夫人のメイシア・ジョンソンさんによると、トランプ氏は最初、夫を三人称の「彼」とだけ呼んだ。
トランプ氏はその際「彼は何に参加しているのか分かっていたはずだ」と述べたと報じられている。
この会話中に誰が何を言ったかをめぐって議論が生じ、互いに矛盾する話も出てきた。ケリー大統領首席補佐官(退役大将)は、通話を聞いていた民主党のフレデリカ・ウィルソン下院議員を、やかましい「空樽」と強く非難した。
その後もトランプ氏は主張を曲げず、ジョンソン氏の名前を忘れてはいなかったと訴え、失意のメイシアさんに向けられたとされる言葉についても否定した。
メイシアさんはABCニュースの「グッド・モーニング・アメリカ」でその時の事について「その言葉を聞いて泣いた」と述懐した。
トランプ氏が何を言っても泣いたのかもしれない。悲しい思いをしたことのある人なら分かるだろう。
しかし、この場合は明らかに違う。最高司令官は、哀悼の意を伝えるために家族に電話するのなら、死亡した兵士の名前を覚えておくべきだ。
トランプ氏は確かによくカンニングペーパーを使う。今回も、やっとのことで名前を口にしたとき、メイシアさんに、目の前にメモがあり、名前は知っていたと話していた。
メモがあるのなら、名前も言えずに気をもむ必要はなかっただろう。
◇謝罪しない大統領
重要な事だと思っている人は確かに多い。トランプ氏は最終的には、ジョンソン氏の名前を口にした。この時点で大統領のしたことが狡猾(こうかつ)だとか、心から哀悼の意を伝えたと判断することは誰にもできない。
公平を期すために言えば、トランプ氏が最初、名前を言えなかったのにはいろいろな理由があったのかもしれない。忙しい中、誰かに紙切れを見せられて「この女性に電話してください。先週、金星章の『事実上』すべての遺族に電話したと自慢していたではないですか」と迫られたのかもしれない。
ケリー氏は、会話の内容についてトランプ氏とは食い違う発言をしたが、今回のような遺族への対応をトランプ氏に示唆したことがあることを明らかにした。ケリー氏は、部下の海兵隊員がアフガニスタンで7年前に死亡した時、同じような感情、つまり「彼は何に参加しているのか分かっていたはずだ」という思いを持ったという。だが、若い未亡人が、67歳の退役軍人と同じ感性を持っているとは限らない。
もう一つの可能性としては、ジョンソン氏の名前「ラデービッド」が変わった名前だったことがある。トランプ氏は読み間違えることを恐れたのかもしれない。それともひょっとすると、頭の中が混乱し、状況を理解するのに少し時間が必要だったのかもしれない。
トランプ氏が謝罪すれば、メイシアさんの怒りはすぐに収まっていただろう。発言の理由が何であれ、自己愛のせいで謝罪できないとされ、名前というものがいかに大切かを誰もが思い起こすこととなった。
◇正しく扱い敬意を
名前が重要でないなら、親が子供の名前をどうするかで悩むこともない。名前を正しく伝えることは、ジャーナリストにとって重要な義務だ。かつては、死亡記事の死者名のスペルを間違って、解雇されることもあり得たほどだ。基本的に多くの人は、生涯に2度、新聞に名前が載る。生まれた時と死亡した時だ。そうしてけじめを付ける。
ベトナム戦没者記念碑が重要視されるのには理由がある。死亡または行方不明の5万8000人全員の名前が記載されているからだ。同じ理由で、同時多発テロの9月11日を迎えるたびに、犠牲者の名前が読み上げられる。その名前を聞き、思い出し、敬意を払う。
名前を知るということは、相手を認めるということだ。正しく扱えば、敬意を伝えることになる。その名前を思い出すことで、敬意を抱いていることが伝わる。中国人芸術家の艾未未氏が2008年の地震で死亡した5000人以上の子供の名前を読み上げ、録音した作品を作ったのはそのためだ。中国政府が、死者数を低く抑えようとすると、艾氏は、市民やツイッターのフォロワーに、死者の名前を調査し、集めるよう呼び掛けた。艾氏は、これをすべて中国語で白い紙に印刷し、2012年にワシントンのハーシュホーン美術館の壁全体に展示した。
名前は、適切に印刷され、彫られ、ブログに載せられ、ツイートされ、読み上げられれば、声なき人々に人間味を持たせ、生きている人々にも、死者にも敬意を示すことになる。「名前が何だ」とシェークスピアは言った。だが、時には名前がすべてを物語ることもある。
安らかに眠れ、ラデービッド・ジョンソン軍曹。私たちは忘れない。
(10月25日)