米国務省の人権報告、日本の報道は圧迫されているか

山田 寛

 メディアには森友学園問題追及があふれ、安倍政権支持率も多少下げた。それを見ると、先ごろ公表された「世界各国の人権問題に関する米国務省報告」2016年版の「日本の人権問題」指摘の一部に、強い異論を唱えたくなる。

 報告は、日本が抱える人権問題として10項目程を挙げている。うち9項目は、前年とほぼ同じで、不適切な拘留手続き、貧弱な刑務所や拘置所施設、難民申請者の拘留、家庭内暴力、職場での女性差別、セクハラ、子供搾取、人身売買、障害者や同性愛者や少数民族などへの差別。だが、あと一つ新規登場したのが「報道の自由への懸念」だ。

 報告は言う。

 「批判的で自由なメディアへの政府の圧力が増大していると懸念させる出来事が、いくつか起きた。高市総務相が、政治的に偏っている放送局に対し、電波を止める権限が政府にあると改めて述べたし、国連の特別報告者は訪日調査後、『報道の独立が重大な危機に直面している』と言い、要因として、『特定秘密保護法や持続的な政府圧力』と記者クラブ制度などを挙げている。報道人らは、政府がメディアの自己検閲を、間接的に奨励しているとの懸念も語っている。『国境なき記者団』の調査は、法律改変と政府の批判に対応し自己検閲が増えている、と結論している」。

 強力な調査網を持っているはずの米国務省も、正確な実態把握は難しいのだな、調査では、やはり声の大きい方の勝ちだな、と思う。

 昨年、田原総一朗氏ら著名な報道人6人が、高市発言に憤り記者会見した。田原氏らは、政権に批判的というTVキャスターが相次いで降板することを、テレビ局の自粛の表れと決めつけた。そのキャスターたち自身、自分への圧力を否定していたのだが、国務省報告書の記述には、有力報道人の大声も影響したようだ。

 だが、批判的メディアへの政府の圧力とは、トランプ米政権はともかく、新聞にもテレビにも政府批判がいっぱいの日本には当てはまらないだろう。

 朝日新聞を例に取る。14年、朝日は慰安婦問題の誤報をやっと取り消し、頭を下げて見せた。だがその後、「朝鮮半島から20万人の女性を強制連行し慰安婦にした」という誤解を、韓国と世界に広めた責任を取り、誤解を国際的に訂正する作業は、全く行っていない。

 それで、政府が朝日に圧力をかけたりもしていない。せいぜい、昨年2月の国連女性差別撤廃委員会で杉山外務審議官が、初めて朝日新聞の誤報に言及した程度だ。

 朝日紙上では、「声」欄への投書が社論への大応援団役を務めているが、慰安婦誤報を認めた直後、多少の変化が出た。それまで、どの投書も社論賛成の金太郎飴だったが、3対1ぐらいの割合で、社論とは異なる投書-金太郎の相撲相手の熊も少し顔を出すようになった。だが、それも一時的ポーズだったらしい。最近は元に戻り、今年2月には、「共謀罪」反対から森友まで、政権批判や社論に絡む問題に関する投書33のうち、金太郎32人対熊1頭になってしまった。

 朝日は1月、東京MXテレビの沖縄基地反対運動に関する放送を、一方的にデマと決めつけ猛非難し、こんな放送を許すなといった社説を載せた。自己でなく他己検閲、政府でなくメディアの圧力だ。

 国内外に対し、左派と比べ、右派や外務省の声がまだまだ小さすぎる。

 米国務省についてはさらなる懸念もある。米政権は、同省予算を30%近くも減らす意向だ。そうなったら、人権報告なども一層調査不十分なものとなるだろう。

(元嘉悦大学教授)