新孤立主義に向かう米新政権
世界のリーダーを放棄
国益の定義 大きく転換
立て続けに大胆な大統領令を出し、挑発的な閣僚指名を行い、トランプ大統領に疑念を抱いていた保守派も刺激を受けている。しかし、就任演説の主要部分を占めた厄介な問題が記憶から消えることはない。
革新的な宣言というものは注目されるものだが、演説の外交部分にはほとんど注意が向けられなかった。演説は、第2次世界大戦後守られてきた米国の国益の定義を大幅に見直すものだ。
トランプ氏は、国際関係が崩壊し、世界はゼロサムゲームになっていると説明した。あちらが勝てば、こちらが負ける。「何十年もの間、われわれは米国の産業を犠牲にして他国の産業を潤し、(われわれの軍隊を消耗させた一方で)他国の軍隊を助成してきた」と説明した。最も挑発的部分はこれだ。「われわれの中間層の富は家庭から剥ぎ取られ、世界中で再分配された」
ジョン・F・ケネディは就任演説で、自由を守るため友を支援し、敵に対抗することを誓った。ところがトランプ氏は友と敵を区別せず、自由への言及もない。米国は利用され、搾取され、追い越されていると訴えた。
だがそれも終わるとトランプ氏は宣言した。「きょうこの日から、米国第一になる」
この発言が外国でどう聞こえるかを考えてみたい。「アメリカ・ファースト(米国第一)」はチャールズ・リンドバーグが率いた組織の名前だ。リンドバーグは、米国が第2次大戦に参戦する前、チャーチルの英国とヒトラーの帝国の間で中立を維持するよう求め、フランクリン・D・ルーズベルトと激しく対立した。
トランプ氏は意識してリンドバーグをまねしているわけではない。リンドバーグのアメリカ・ファーストすら知らないのではないかと思っている。ただ、この言葉が好きなだけだ。それでも、確かなことがある。英国など世界各国の政府は、米国の新孤立主義には前例があることに気付いている。トランプ氏は、そう思わせる立派な根拠を与え、さらに「すべての国に自国の利益を最優先する権利がある」と指摘した。これには米国も含まれる。
米国第一主義は、米国例外主義を改めて約束するものだという主張がある。実際は全くの逆だ。米国をほかのどの国とも変わらない国にしている。血と土地に基づく排他主義的なナショナリズムで自国を定義するほかの国とどこも変わらない。米国を例外とし、世界で二つとない国にしているものこそが、米国の国益を決定付ける。それは、自国の経済と安全のために、数多くの同盟国の安全と繁栄を犠牲にする狭量な考えを乗り越えたところにある。自由世界は、開かれた貿易と相互防衛を特徴とし、トルーマンはそれを理想とした。以後、前大統領がその理想を共有してきた。
今の今までだ。
トランプ氏は、貿易と同盟をめぐる交渉を有利に進めるための材料をちらつかせているだけだという指摘がある。さもなければ、トランプ氏の考えが変わりやすく、不安定ということになる。2週間前、欧州の新聞に北大西洋条約機構(NATO)は時代遅れだと言い、その後、「NATOは私にとって非常に重要だ」と言った。これも、数々の矛盾と混乱のリストの新たな1項目にすぎないというのか。
しかし、この指摘はどちらも全く当たらない。就任演説は、思い付きでも、即興でもない。トランプ氏自身も、演説は哲学を表明するものになると言っていた。そればかりかトランプ氏は、米国第一の宣言の前置きとして「きょうこの日から、新たなビジョンがわれわれの土地を支配する」と訴えた。
トランプ氏は、はるかに広範で、遠大なトルーマンのビジョンの基礎となっている論理をはき違えている。マーシャル・プランは確かに、米国の中流階級から富を奪い、海外に分配した。しかし、それには理由がある。一つには利他主義があるが、大部分は、地球上の実在する敵に対する防波堤としての西欧を安定させるためだった。
米国は冷戦時、多くのただ乗りを許した。負担は重かった。だが、これは、単なる慈善事業ではなかった。考えた上でのことだ。良識に基づいて、自己の利益を守るためになされたものだった。結果的に、ドイツ、韓国、トルコなど十数カ国の軍を支援したことは米国の国益にかない、これらの国々は米国と協力した。
米国は偏狭で、小さな国になろうとしている。理屈だけの話ではない。トランプ氏は、以前からの約束の通り、環太平洋連携協定(TPP)から直ちに離脱した。トランプ氏の外交方針の最初の重大な産物だ。シンガポール首相は昨年、ジョン・マケイン氏に、米国がTPPを離脱すれば、「アジアでの命運は尽きる」と話した。シンガポール首相はアジアのことを知っている。
米国は70年間、開かれた貿易と民主的な同盟という国際的な体制を維持し、それによって米国と西欧諸国の発展が可能になった。米国が偉大なのは、世界のリーダーだからだ。米国はそれを捨ててしまったが、自己責任だ。
(1月27日)