恋文と女性蔑視の差、どうなる米大統領の器とダチョウ

山田 寛

 世界には、米国に再び「世界の警察官」を務めると言ってほしい、との声も強い。例えば、ラスムセン前北大西洋条約機構(NATO)事務総長は最近の米紙で、オバマ政権がそれを放棄したから、中東、ロシア、中国、北朝鮮など重大問題を生んだとし、「自由世界の先頭に立ち、独裁者やテロリストやならず者国家と対決する米大統領が、絶対必要だ」と訴えた。

 だが、今や超低レベルの米大統領選のキーワードは、「ミス子豚」、女性蔑視、対立候補の夫の元大統領の女性問題である。

 そんな折、故ミッテラン仏大統領が、死直前の1995年までの34年間、愛人に書き送った1218通もの恋文が出版される。名文家と言われた人だけに、最後の手紙の「あなたは私の人生の幸運だった」まで、感動的な表現がいっぱいのようだ。

 ミッテラン氏の文章重視ぶりには、私も感じ入った思い出がある。

 読売のパリ支局員時代、私たちは同大統領と単独会見できたが、会見直後、大統領がテキストに手を入れたいという。重要な発言部分を生ぬるく変えられるのでは……と心配したが、手の入ったテキストは、発言の趣旨が一層明確で、優れた文章になっていた。

 仏メディアは、ミッテラン氏の不倫をほとんど問題にしなかった。政治家の下半身を重視しないお国柄もあった(最近少し変わってきたようだ)が、改めて思うのは、国や世界と真剣勝負で取り組んだ、かつての仏指導者たち、ドゴール、ポンピドー、ジスカールデスタン、ミッテランらの器の大きさだ。だから不倫も問題とされなかったのだろう。

 そんなミッテランの文学的恋文と、トランプ氏のサカリのついた雄ネコのような女性蔑視発言では、次元があまりに違う。

 今、世界の危険は増す一方だ。米核専門誌「原子力科学者会報」が毎年、「世界終末時計」を発表、人類滅亡の時が迫っているか予想しているが、今年は3分前。来年は、冷戦時代最悪記録の2分前と並ぶかもしれない。

 そんな時なのに、米指導者に大きな器を期待できないのか。トランプ氏の失策続出で優位に立ったクリントン氏も、オバマ外交の協力者だったし、「環太平洋連携協定」(TPP)への態度変更もあるし、国内の内向きムードを超えて警察官再宣言をするとも思えない。

 人間的信頼感の問題もある。私は数カ月前、米国に移住したシリア人女性弁護士と対談したが、トランプ氏でなく「ヒラリーのうさんくささ」をよほど酷評したので、驚いた。

 そんな世界と米国の現実にもかかわらず、日本の参院選、民進党代表選、臨時国会の代表質問や予算委員会質疑などで、中国、北朝鮮、南シナ海、東シナ海などへの言及が少なく、安全保障の危機感が全く伝わってこないのは、どうしたことか。

 メディアも、朝日新聞の投書欄などに、「日本への攻撃などない」「北朝鮮の行動は自国存続のため。中国の東シナ海活動も、実権を持つとする海域のパトロールをしているだけ」といった意見が頑張る。都知事選で惨敗した鳥越俊太郎氏も、かつて同様のことを言っていた。

 米国の専門家から「中国は必ず尖閣諸島をねらう。日本は砂に頭を突っ込んで現実を見ない『ダチョウの平和』だ」との声が聞かれる。

 攻撃などないと言い切る100%ダチョウはさすがに少数と思うが、日本世論の多くはなお「いざとなれば米国」という50%ダチョウだろう。

 次期米大統領が器を大きくできるか、日本が50%ダチョウを続けられるか。あくまで?である。

(元嘉悦大学教授)