崩壊するオバマ氏のレガシー

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

外交では大きく後退
破綻へと向かうオバマケア

 記憶する限り最も奇怪で、安っぽく、病みつきになりそうな今回の選挙戦の中で、2016年に実際に起きたことがまったく忘れ去られている。オバマ大統領の任期は残すところわずか4カ月、政権の2本柱が目の前で崩壊している。国内では医療保険の大改革、つまりオバマケア、国外では、外交政策の大転換、つまり外交と多国間主義を特徴とする後退だ。

 オバマケア

 クリントン氏は3日、これを「世界で最も狂っている」と呼んだ。だがここで言われているのは、消費者への影響が異常という点だけだ。クリントン氏は「(小企業と働き者の従業員は)大打撃を受けている。…保険料は2倍になり、補償は半分になった」と指摘した。「現場は大変で、週60時間ということもある」という。

 オバマケアの経済的基盤全体が崩壊しているということだ。非営利の協同組合の半分以上が破綻した。エトナ、ユナイテッドヘルスケアのような大手医療保険会社は巨額の損失を出し、医療保険取引所から撤退している。取引所の3分の1で、参加する保険会社が1社だけになっている。保険料と控除免責は爆発的に上がっている。ニューヨーク・タイムズ紙ですら「病んでいるオバマ医療保険法が存続するには、改革するしかない」と声を上げた。

 若年層は、病気にかかりやすい高齢者の医療費を補填(ほてん)するための不公平な支払いを嫌い、加入しようとしない。リスクプールのバランスはますます崩れ、破滅へのスパイラルは加速している。オバマケアを救うには、税金を大量に投入するしかない。

 どうすればいいのか。民主党は最終的に、オバマケアを捨てて、本格的な国営単一支払者制度にしようとするだろう。共和党は、市場原理にのっとったオバマケア以前のような方法に変えようとする。いずれにしても、この大統領が任期中に上げた国内での特異な実績は、無に帰する。

 オバマ・ドクトリン

 オバマ大統領が目指しているのは、米国の力によって安定と「自由の繁栄」(ジョン・F・ケネディ大統領の就任演説)が守られる世界を否定し、世界的な規範、相互の義務、国際法、多国間制度が支配する世界を実現することだ。カウボーイのような冒険も、単独行動主義も、グアンタナモも要らない。高い倫理性を備えた外交の高みへと上ることだ。けがれのない、良心的な「洗練された大国」だ。

 このめでたくもありがたいビジョンによって、アレッポで多くの人が死んだ。この惨劇は予想されていたし、予測可能だった。2期にわたる時間を経てこのような事態となった。手垢(てあか)にまみれたリアルポリティークと決別し、新しくきれいに整えられたこの政策によって、クリミアや南シナ海でのようなことが起き、「イスラム国」が台頭し、イランが復活した。そして、アレッポでの恐怖と恥辱だ。

 大量虐殺を実行するアサド政権を支援し、守りたいロシアの要求を際限なくのみ続けた米国は、先月とうとう、ロシアと基本的に協力するという提案を受け入れた。しかし、米大統領を軽く見ているプーチン大統領が、ここでとどまることはない。

 プーチン氏は停戦を露骨に破り、残虐な空爆を再開、病院、上水道、人道支援の車列を攻撃した。オバマ氏、ケリー国務長官でも、プーチン氏に譲歩する気はなく、征服を目指していることを認めざるを得ないだろう。プーチン氏はそのために、反政府勢力の拠点アレッポの住民を皆殺しにしようとしている。オバマ氏に選択肢は残されていない。驚くべきことに何も準備されていない。見ているだけだ。

 内戦の開始時なら、アサド政権の飛行場を爆撃し、航空機を破壊して、政府軍の戦略的優位を排除し、制空権を確保することは可能だった。

 5年後の今では無理だ。ロシアがいるからだ。プーチン氏は、タルトゥス近郊に対空ミサイルS300を配備した。だが、反政府勢力は空軍力を持っていない。つまりこれは、対抗する力のある唯一の国、米国に対する警告であり、抑止力だ。

 オバマ氏はこれまで何もしてこなかった。今回も何もしない。米国人にとっては明らかな恥辱だ。ロシアのクリミア併合は目に見えないが、アレッポでけがをしておびえる小さな子供は違う。

 ゲイリー・ジョンソン氏が「アレッポってなんだ」と聞いた話は有名だ。答えは、善意による後退というオバマ氏の幻想の墓場だ。

 オバマ氏のレガシーで残っているのは何だろう。民主党員ですらオバマケアを避けている。立派な演説をしておきながら、あっさりと後退するオバマ氏の外交政策など誰も支持しない。2014年にオバマ氏は、「間違わないように。投票するのは(私の)政策に対してだ」と語った。その年の中間選挙で民主党は大敗した。

 オバマ氏は最近「投票するのは私のレガシーに対してだ」と言う。今年の選挙戦が候補者の性格をめぐる争い、個人攻撃、人身攻撃になっていなかったら、オバマ氏のレガシーの崩壊が選挙の重大な争点となっていた。そうなれば民主党は、20ポイントも差をつけられるだろう。

(10月7日)