対麻薬戦への対応 、日本外交に求められる新工夫

山田 寛

 「麻薬犯罪者は殺せ」。フィリピンのドゥテルテ新大統領の対麻薬戦「戦果」は、着々増大している。警察作戦で殺害した麻薬関係者は9月上旬までで1105人。ほか自警団などによるものなど、人権団体が超法規殺人と批判するものを合わせ、死者は3000人以上に上る。70万人以上の麻薬使用者・関係者が震え上がって「投降」(自首)し、世論も強硬作戦に拍手を送っているようだ。

 地域の他の国々も、それぞれ対麻薬戦を強硬化させている。1日平均33人が麻薬中毒死しているとされるインドネシアも「麻薬非常事態」を宣言し、長く執行をやめていた死刑(銃殺刑)を再開している。フィリピンに倣い、さらに警察の摘発体制を大幅強化しつつある。

 タイでは、すでにタクシン政権時代の2003年に、数カ月間で2500人を殺す対麻薬戦を展開したが、現在は、終身刑を含む長期刑を広範に科し、刑務所は20万人もの麻薬犯罪者でパンクしそうだ。ミャンマーも同様に刑罰を強化している。

 だが、国連薬物犯罪事務所(UNODC)の16年版報告書によれば、アジアの麻薬の震源、ミャンマーの「黄金の三角地帯」のアヘン生産は、軍政時代の06年以来、増加し、覚醒剤製造も僻地(へきち)の小工場で盛んに行われている。そして、09年~14年に、東・東南アジアで押収された覚醒剤は4倍に増えた、という。

 対麻薬戦は原則的に正しいが、殺害作戦や超法規殺人は肯定すべきか、麻薬撲滅効果はあるのか。UNODCなどの専門家の多くは、否定的だ。

 「03年のタイを見ても、事態を悪化させただけ。密輸ネットはより地下に潜り、暴力がより暴力を呼ぶ」「中毒者の治療や社会復帰対策の充実がずっと重要だ」という。

 東南アジアは、昔も今も麻薬がいっぱいだ。30年前、私はマレーシア・ペナン島で麻薬取材をした。島のジャングルの濃緑の下で、若者たちが森林浴をしながらヘロインを吸引していた。町のアヘン窟では、屋根裏に中年客が6人寝ころび、筒のアヘンをズーズー吸っていた。毎晩通ってくる41歳の工員が言った。「貧乏で子供6人。楽しみはこれだけさ」。勤め帰りの赤ちょうちんだ。

 今フィリピンが血祭りに上げている多くも、赤ちょうちん組の可能性がある。

 ドゥテルテ氏は、オバマ米大統領や国連に殺人作戦を批判され、猛反発した。中国は抜け目ない。すでに麻薬リハビリセンター建設支援などを申し出ている。

 フィリピンの状況は、日本外交にも難しい問題を突き付けている。

 日本は、今月の日比首脳会談で、フィリピンに大型巡視船2隻を供与すると伝えた。南シナ海の海上警備強化のため絶対必要な援助である。

 20世紀の日本外交は、人権侵害、弾圧などの問題にはできるだけ触れず、欧米の制裁に同調しなければならない時も、「北風より太陽」で軽めの制裁で済ませた。

 だが、21世紀は、日本の国益に重要な相手や親日国が、自由民主主義の普遍的価値観からひどく外れた行動を取った時にどう対処するか、もっと真剣に取り組み、工夫しなければならないだろう。米国任せでなく、太陽も、よりオーバーを脱がせることを重視したい。

 ドゥテルテ氏への「友情ある説得」などは困難でも、相手国のさまざまな当局者、関係者に「友情ある助言」「友情ある懸念」を伝達し続ける。それと、巡視船や“手荒くない”麻薬犯罪対策など、重要な援助を両立させる。それを工夫するのが、外交の腕の見せどころではないか。