クリントン氏不起訴は理不尽

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

大統領選が影響か

FBI長官の判断には理解

 【ワシントン】ヒラリー・クリントン氏が極秘電子メールの扱いを誤ったことで起訴されるのは間違いないはずだった。連邦捜査局(FBI)のコミー長官はなぜ、14分もかけてこの問題について説明したのだろうか。

 不可解だ。合衆国法典18編793(f)条によると、意図的であれ、「重大な過失から」であれ、機密情報の扱いを誤ることは犯罪となる。コミー氏が説明したように、証拠は数多くそろっている。

 クリントン氏は当時、機密とされる内容を含む52スレッドの中で110本のメールを送ったり、受け取ったりしていた。52スレッドのうち8スレッドには、機密情報が含まれていた。極秘メールのうちの一部は、極秘であることを示すマークが付けられ、極秘を示すものは全くなかったというクリントン氏の主張とは食い違っている。

 これらのメールは自宅のサーバーに格納され、普通のGメールよりも安全性は低い。クリントン氏のメールは、敵対国が不正にアクセスし、米国の安全保障を損ねた可能性が高い。

 コミー氏は極秘メールについて、「機密扱いでないシステムについては話していない」と語ったが、どちらかというと遠回しな言い方であり、声も控えめだ。明確に、直接的に言えば、このような安全性の低い個人のサーバーでこのようなことをするのは、思慮に欠け、不適切で、完全に違法だとなる。

 コミー氏は、クリントン氏の行動を「大変な不注意」と説明した。これはほかでもない重大な過失ということだ。

 しかし、コミー氏はクリントン氏を窮地から救った。意図的ではないと指摘したのだ。だが、過失に意図は必要ない。国家の安全保障を脅かすことは、意図的であれ、過失であれ、大変な犯罪だ。

 従って、意図的でなかったとしても言い訳にはならない。コミー氏の言い分には疑問が残る。それでも、国家を傷つける悪意はなかったと考えて問題ないだろう。だが、クリントン氏は明らかに、意図的に個人サーバーを設置した。明らかに意図的に、これらの機密メールを送った。個人のメールアカウントを使えることの危険性について、自身が長官を務める国務省から警告を受けていたことも明らかになっている。

 それと知って、意図的に実行したということだ。

 これが起訴すべき根拠だ。意図的であるかどうかは問題ではない。しかし、コミー氏は、普通の検事なら起訴しないと主張した。誰も起訴されていないと主張した。

 実際は違う。司法省は昨年、海軍予備役のフライアン・ニシムラを、機密情報を個人の、安全でないデバイスに不適切にダウンロードしたとして起訴した。

 政府は、ニシムラがこの情報を何者かに譲渡する意図はなかったことを認めた。それにもかかわらず、2年間の保護観察を言い渡され、罰金を科され、機密情報取り扱い許可は永遠に与えられない。事実上、国家安全保障が関わる職場では働けないということだ。

 なのにどうしてクリントン氏はいいのか。普通に考えれば、クリントン氏は特別扱いということになる。ほかの人々と同じ扱いを受けるには、人脈があり過ぎ、守られ過ぎているということだ。

 そうでなければ、コミー氏の側に原因があることになる。つまり、露骨な政治的圧力に屈し、権力者に取り入った。

 ありそうな話だが、コミー氏は潔癖で知られ、任命されて10年間、公職に就いていることを考えれば、これはなさそうだ。

 ロバート司法長官が、事実をねじ曲げてオバマケアを擁護した時、同じように不誠実だと非難された。私は、最高裁の公的立場の擁護者として、最高裁が判断するには問題が大き過ぎるとロバート氏は考えたのだろうと思っている。とりわけ、ブッシュ対ゴア裁判の後ということもあり、ロバート氏は、最高裁が影響力の大きい社会的な法律に関して政府の見解をひっくり返すような判断を控えたかったのだろう。

 コミー氏の発想も、意識しているかどうかは別として、これと似ているのではないかと考えている。つまり、2016年大統領選に影響を及ぼすのを避けたかった。クリントン氏が大統領候補指名を確実にしておらず、単に元国務長官というだけなら、違った結果となっていた可能性がある。

 起訴することになれば、1年近く続いてきた大統領選はひっくり返っていたことだろう。コミー氏は、米国の政治史の方向を変えた大きな人物として歴史に名を残したくなかったのだろう。

 その上、起訴が成功する保証はない。次期大統領の有力候補が選挙戦から排除され、つまり、クリントン氏が選挙戦から離脱するようなことになれば、どうなるかを考えてみればいい。コミー氏が歴史の中でどのように語られるかを考えてみればいい。

 コミー氏の判断を好意的に受け取りたい。しかし、コミー氏の名誉と、クリントン氏をめぐる判断の理不尽さを考えれば、コミー氏が歴史に汚名を残したくなかったからだろうと考えざるを得ない。

 コミー氏の判断を私は支持しない。だが、理解はできる。

(7月8日)