法を無視するオバマ大統領

チャールズ・クラウトハマー米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

崩壊する憲法の規範

違法行為に目をつぶる上院

 【ワシントン】ワシントンに謙虚さも礼節もないことに悔しい思いだが、本当の問題は、礼儀作法ではなく、憲法の規範が崩壊しているところにある。

  上院でこれが起きたばかりだ。民主党は、連邦高等裁判所に3人の判事を送り込もうとしているが、共和党の議事妨害でこれが難しい。そこで、政権幹部や最高裁以外の裁判所判事の人事の承認での議事妨害を封じ込めた。

  問題は、この規則の変更ではない。大統領の政府高官人事の承認に、60票ではなく51票が必要になるのはそれで構わない。だが、終身制の判事の人事承認が51票で決まるというのは、かなり危険だ。ほぼ200年の間、判事の指名を議事妨害で阻止しようとした例はほとんど見当たらない。ということは、それ以前の規範に戻ろうとしているということだ。

  憲法規範の破壊は、規則の変更がどのようにして行われたかという問題ではない。52対48の表決という政党の力関係だけで、力ずくで行われたことが問題なのだ。これは過去2世紀以上にわたって、例のない恥ずべき逸脱だ。議席が少し多いというだけで、一つの機関を支配する基本的なルールを変えることができるのなら、ルールなど無用だ。今の上院の規則は、多数派がその日の朝、何を決めるかで決まってしまうということになる。

  公的機関とフラッシュモブが違うのは、規則が持続されるかどうかという点にある。規則は変更可能だ。だがそれは、圧倒的な多数の支持によってのみ可能だ。憲法改正に両院の3分の2の賛成と4分の3の州の支持が必要なのはそのためだ。過半数で憲法の改正が可能なら、憲法ではなくなる。

  今の上院には事実上規則がない。リード民主党院内総務にとってはいいことだ。ついに、歴史に名を残すことができた。

  オバマ大統領は、同じようなことで歴史に名を残すかもしれない。オバマ氏の大統領権限の逸脱には驚くばかりだ。上院の会期中に休会任命をしたり、議会を通過しなかった「ドリーム法案」を、移民法の一部を何カ所も堂々と停止することで一方的に押し付けたりした。

  医療保険改革では、希望すれば現在の保険プランを維持できるという約束を守らず非難されると、失敗から目を逸(そ)らすためになりふり構わず、急に記者会見を開いて、解約された何百万もの保険プランを元に戻すよう保険会社と州に要請した。

  法を破るよう求めているのだ。まるでオバマ氏個人の法律だ。オバマケアのもとで保険会社は2013年以降、医療保険法の最低補償基準を満たさない保険を販売することはできない。基準を満たさない既存の保険は解約された。

  法律はそのまま、変わっていない。この法律を運用する規則も変わっていない。大統領がホワイトハウスで自身の法律を変えるよう一方的に提案したこと以外は、何も変わっていない。

  まるで南米の国の出来事のようだ。違うのは、南米では独裁者が大統領宮のバルコニーから発表を行うところだ。

  オバマケアへの資金供給を止めたり、オバマケアを延期したりしようとしていると民主党が何カ月間も共和党を非難したのを覚えているだろうか。破壊工作、テロリスト、何のつもりで「国法」を変えようと言うのか、などさんざんだった。

  オバマケアは最初からおかしかった。国民が、悪い法律であることがはっきりしたと思ったら、どんな法律も改正されるか、廃止されるべきだ。憲法修正条項ですら廃止され得るし、実際に廃止されたこともある。

  共和党が憲法に従って、つまり議会で「国法」を変えようとしているのを激しく非難していた民主党だが、大統領が法に従わず、命令で「国法」を変えようとすると沈黙した。

  だが、これが初めてではない。大統領はある日突然、雇用者に義務付けられた従業員の保険加入を一方的に停止すると決めた。立法権を連邦議会に付与するとした合衆国憲法第1条の露骨な侵害だ。それでも民主党は何も言わない。そして今、オバマケアに明示された補償基準に抵触し、解約された保険プランを復活させるという明らかな違法行為にも目をつぶったままだ。

  それだけではない。議会が、オバマ氏の「修正」を立法化しようとすると、オバマ氏自身がこれに反対した。拒否権を発動するとまで言った。自身の違法な修正を法に則(のっと)って立法化しようというのに、それに反対するというのはどういうことだろう。

  オバマ氏は集会があるといつも、なすべき重要なことがあって、議会を待ってはいられないと言う。正式な手順を経て制定された法律を、大統領が議会を経ずに修正するなどあってはならないことだ。法律を忠実に執行するという憲法第2条の義務に反するものであり、受け入れ難い。

  上院には規則がない。大統領はけじめがない。いつか、判事の人事を押し通し、医療保険サイトが正常に機能しなかったことがほとんど忘れ去られたころになっても、この国の最高機関の無法ぶりが引き起こした害悪の後始末に追われていることだろう。