党の好機つぶしたトランプ氏


Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

レトリックで支持回復

イスラム教徒入国禁止を提案

 【ワシントン】どのように実施しようというのだろうか。ドナルド・トランプ氏はテレビで8日、全イスラム教徒の入国を禁止し、イスラム・テロから米国を守るという自身の計画について説明した。入国管理官が外国人にイスラム教徒かどうかを質問するというのだ。

 「この質問に『はい』と答えると、入国は認められないということか」

 トランプ氏は「その通り」と答えた。

 素晴らしいアイデアだ。その上、非常に効率的だ。つまり、血に飢えたテロリスト、トランプ氏の言う「聖戦のみを信じ、理性や人命の尊重というものを見失った人々」は、自尊心が強く、不信心な入国管理官にうそをつくことはないということか。人は殺しても、ジョージ・ワシントンのようにうそはつかないということか。その通りになるかどうかは、米国を聖戦から守る強力なマジノ・ライン次第だ。

 私は、トランプ氏の提案は不愉快でアメリカらしくないという非難の大合唱にはあえて加わらない。当たり前のことだからだ。私たちが克服しなければならないのは、そこにある愚かしさだ。

 いかに愚かな計画かは次の提案からその一端を見ることができる。私の知人のFOXニュースのクリス・スタイヤーウォルト氏が言ったことだ。米国の全空港の入管で、移民、難民、学生、観光客らすべての入国希望者にベーコンサンドイッチを食べるよう要求し、拒否すれば、入国させないというのはどうだろうかというのだ。

 確かに、スタイヤーウォルト氏のやり方は、少し範囲が広過ぎる。悪意のないベジタリアン、正統派ユダヤ人まで拒否することになる。しかし、トランプ氏が8日の説明で「戦争状態にあり、分かってもらうしかない」と指摘したように、二次的被害など気にしてはいられない。

 トランプ氏の提案が長期的に見ていかに愚かかを指摘する声は数多くある。ハリウッドの衣装部屋から見事な外衣を持ち出してイスラム過激派への新たなキリスト教十字軍を組織するのは無理な話なのだから、テロとの戦いは穏健派イスラム教徒と手を組むしかない。イスラム教徒に敵意を示せば、協力体制を築くことなどできるはずがない。

 一番分かりやすい例を挙げるとするとクルド人だろうか。中東で米国に最も近く効果的な同盟相手だ。トランプ氏なら、オーランド空港でこのクルド人を追い返すことだろう。ディズニーワールドはクルド人のためのものではないと言うだろうか。クルド人がイスラム教徒であることを知らないかもしれない。

 このようなことが議論されること自体恥ずかしいことだ。トランプ氏はアイオワ州でのマンモス大学の調査でテッド・クルーズ氏が初めて支持率で上回ったのを見ると、5時間後には首位の座を取り戻そうとこの思い切った離れ業に出た。「イスラム教徒お断り」を真面目に捉えることは、このトランプ氏の巧妙なレトリックに陥れられることにもなる。

 この発言に識者らが再び反応した。ナショナル・レビューのアンドリュー・マッカーシー氏もその一人だ。私が深く尊敬していたマッカーシー氏が、1000ワードも使って、憲法や法律を持ち出してイスラム教徒入国禁止を擁護した。トランプ氏の提案を「最終的な形」として扱うことを強調したのだ。椅子から転げ落ちるほどの奇想天外な発言は、慎重に練り上げられたものであり、トランプ氏の発言ですべてが決まるとでも言っているようだ。

 トランプ氏のシリア政策を見てみたい。9月に、シリアから手を引いて、「イスラム国」はロシアに任せようと言った。ウラジーミル・プーチン氏の主要な関心、つまり標的が「イスラム国」ではなく、反アサド政権勢力であることが明らかになると、トランプ氏は、イスラム国を「爆撃し殲滅(せんめつ)」させると宣言した。

 最終的な結果がどうであれ、トランプ氏の戦略は功を奏し、今後もずっと選挙戦、共和党の動向に影響を及ぼす。国内経済は低迷し、国外では戦略的に失敗している中、トランプ氏はあれこれと工夫しながら、共和党の選挙戦全体を下らない論戦に貶(おとし)めた。1100万人の不法移民の送還やイスラム教徒を水際で阻止することなどだが、どれも実行は不可能だ。

 「イスラム教徒入国禁止」がその典型的な例だ。オバマ大統領は6日夜、執務室から演説したが、演説からは大統領としての勢いが失われていることが見て取れた。内容は陳腐で、気概も感じられず、政策に間違いはないと言い切ったことが、左派、右派、中道派を不安にさせた。ニューヨーク・タイムズ紙ですら「オバマ氏のISIS封じ込め計画は不十分だと多くの民主党員が感じている」と指摘した。「空虚な執務室を見て驚く民主党員」ということだ。共和党が、オバマ氏、ヒラリー・クリントン氏の外交政策の完全否定を開始するチャンスが訪れている。

 だが、1日もたたずそのチャンスが消え失せてしまった。今回もトランプ氏の一人芝居のせいだ。

(12月11日)