失態続きの米国の医療保険改革法

チャールズ・クラウトハマー米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

信頼失うリベラリズム

改正に激しく抵抗する政府

 「たとえ法律を変えることになっても、大統領は、連邦政府が国民にした約束を守り、国民が保有しているものを守るべきだ」-クリントン元大統領、11月12日

 【ワシントン】元大統領は、現職の大統領が「今の医療保険プランがいい人は、そのプランを維持できる」と約束したのだから、それを守るべきだと主張した。さらに、医療保険制度改革法を改正するよう求めた。だがホワイトハウスはこれに激しく抵抗している。

 この民主党の長老の口から発せられた言葉は、民主党というダムが決壊しようとしていることを示している。パニックに陥った民主党員らがオバマケアに反対し、反旗を翻そうとしているのだ。数時間で、この反乱は広く知れわたることになった。14日までにオバマ大統領は引き延ばし工作を講じざるを得なくなり、保険会社に、現在の保険プランの1年間の延長を認めるよう求めた。

 しかし、オバマ政権はすでにダメージを受けていた。支持率は、過去最低の39%に低下した。さらに初めて、過半数が大統領は信頼できないと答えた。失った信頼は容易には取り戻せない。

 大統領への信頼が揺らぎ、民主党が上院で過半数の議席を維持するのも困難になるが、それ以上に重大な危機にさらされているものがある。オバマ氏が持ち込んだ、新しく、野心的で社会民主主義的なアメリカ式リベラリズムだ。オバマケアは、このオバマ氏のリベラリズムの象徴であり、実践でもある。

 ちょうど共和党が、立憲主義的保守主義への回帰を強め、福祉国家を改革、再建し、抑制することを約束したちょうどそのころ、オバマ氏は、変形リベラリズムを提示し、政府の役割を拡大し、福祉を拡大し、補助金を新設することを目指すことを明らかにした。共和党では、ポール・ライアン下院議員の高齢者・障害者向け医療保険(メディケア)改革法案が共和党下院議員のほぼ全員の賛成を得て承認され、一方でオバマ氏は最新の一般教書演説で全員がプレスクールに行けるようにすることを提案した。

 オバマ氏のビジョンの核心は言うまでもなくオバマケアだ。この半世紀で最も包括的な社会改革であり、米経済の6分の1に影響を及ぼし、全国民の生活の最も重要な部分に直接、関係する。

 オバマケアは、現代米国史の中で唯一の社会改革に関わる法律として、完全に民主党一党だけの賛成で成立した。それが破綻することになれば、政府を拡大し続け、揺り籠から墓場まで国民の面倒を見、国民はそれに感謝するという民主党の基本理念そのものが破綻することになる。

 4年間、このような議論は絵空事だった。今や現実だ。民主党にとっては大惨事だ。

 まず、出だしから失敗だった。この大胆な新しい試みへの文字通りのポータル(入り口)である登録サイトすら運用できない政府に、米国医療の巨大なエコシステムを監督することがどうしてできようか。

 第二に傲慢だ。500万人が自分の意思で選択、購入、更新した保険プランが即座に解約された。連邦政府の専門家らが勝手に決めた基準に合わないからだ。

 意図的に国民を欺くつもりで「今のプランがいいのなら」と約束したわけではないと会見で釈明したものの、オバマ氏が誇らしげに導入した法律が認めているのは、オバマ氏が「いい」と言ったプランだけだ。これこそまさに父権主義(パターナリズム)だ。

 最後は欺瞞(ぎまん)だ。補助金国家の本質は、政府が無料で物を与えることだ。従って、オバマケアが実施されれば、3000万人の保険未加入者が保険に加入でき、全員が無料の医療サービスを受けられるようになり、「赤字を1セントも」増やすことはないとオバマ氏は約束した。

 こんなことはあり得ない。仕掛けがあったのだ。つまり、隠れた補助金だ。何百万人の保険加入者に保険を解約させ、オバマケア「保険市場」で、欲しくもなければ、必要もない補償の付いた高額な保険プランを契約させるということだ。高くなった分はほかのどこかに行くことになる。

 無能、傲慢、欺瞞への反応は、嘲笑から怒りまでさまざまだ。しかし、動揺した民主党議員以上に危機に直面しているものがある。オバマケアは、オバマ大統領の目玉政策であり、最大の成果であり、新補助金国家リベラリズムの実践だ。オバマケアが失敗すれば、その基本的イデオロギーの大部分が失われることになる。

 ひょっとすると失敗しないかもしれない。サイトは11月30日にはスムーズに運用されているかもしれない。保険市場の財政基盤を破壊することなく、解約された保険を復活させる方法が見つかるかもしれない。

 だが、失敗する可能性の方が高そうだ。反発が高まり、反対する民主党員が増え、政治的に破綻するか、維持するために修正を重ね、経済的合併症で死に至るか。

 失敗すれば、その影響は歴史に残るほど大きい。オバマケアが倒れれば、メアリー・ランドリュー上院議員一派が倒れるだけでなく、オバマ氏の新リベラリズムまでもが信用を失うことになる。