米国の対テロ戦は名ばかり

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

熱意欠けるオバマ氏

真の連合目指す仏大統領

 【ワシントン】分からないのだが、自爆犯はパスポートを持って何をしていたのだろう。どこかに行こうとしていたわけではないだろう。私は宗教学者ではないけれど、殉教者が天国で72人の黒い目の処女に会うには、パスポートが必要なのだろうか。

 テロリストの1人の死体のそばで、シリアのパスポートが見つかった。なぜそこにあったのだろう。「イスラム国」は、欧州に大量に流入している難民の中に工作員を紛れ込ませていると大言しており、これを裏付けるためであることは間違いないだろう。パスポートは偽造であった可能性があるが、指紋は一致した。わずか1カ月前にギリシャを通って入国し、パリでフランス人を殺害した男のものだった。

 スペインは2004年の列車テロ事件を受けてイラク戦争から手を引いた。だが、フランスを脅し、シリアでの空爆から手を引かせるためにパリで大虐殺を実行したのなら、相手が違う。フランスは、植民地支配後の時代で重要な役割を果たしている大国だ。それは、13年にコートジボワール、中央アフリカ、マリをイスラム主義者の支配から救ったことで証明された。

 社会主義者のオランド大統領は、自国の9・11に対して厳しい対応を取り、空爆を強化し、国内テロ容疑者への数百回の捜索を行い、国家非常事態を宣言し、聖戦に対し厳しく対応できるよう憲法改正を提案した。

 一方、自由世界の名ばかり指導者オバマ大統領はパリ同時テロに対して、うんざりした様子で、苛(いら)立っている素振りすら見せた。トルコでの会見は、消極的、無関心、無気力を感じさせる驚くべきもので、焦りと怒りも見て取れた。これは、対シリア戦略が順調でないことを物語っている。

 唯一熱意を見せたのは、イスラム教徒難民の受け入れを拒否する姿勢を見せた共和党を非難した時だった。オバマ氏を怒らせたのは、殺害される理由のない129人が死亡したことではなく、共和党の反応だった。

 そのほかにしたことと言えば、不機嫌そうな顔をし、シリア政策への批判をうんざりだと否定したぐらいだ。だがオバマ氏にとって都合の悪いことがあった。オバマ氏をうんざりさせていた要因の一つが、上院情報委員会の民主党筆頭委員ダイアン・ファインスタイン氏だったことだ。ファインスタイン氏は、オバマ氏の楽観的な主張とは真っ向から対立していた。オバマ氏は、パリ同時テロの前日、ISILとも称される「イスラム国」は封じ込められ、勢力を拡大していないと言っていた。だがファインスタイン氏は、「かつてないほど強く懸念している。ISILは封じ込められていない。拡大している」と主張した。

 オバマ氏は、さまざまな要因を挙げて自身の政策を擁護した。例えば、「テロ対策戦略の包括的な話し合いを国連で開催し、外国人戦士の動きを止めている」と言った。「包括的」話し合いと言った。部分的ではないと言いたいようだが、戦士らはシリアのラッカで怒りに燃えている。

 さらに「65カ国を動員してISILを追跡している」と言う。確かにそうだが、欧州が動かなかったらどうなっていただろう。

 オバマ氏は、敵対心が足らないと非難されると不平を言う。しかし、非難は敵対的でないことに対してではなく、熱意が感じられず、対応が遅く、戦いへの決意がないことに向けられたものだ。シリア空爆は1日平均7回だ。「砂漠の嵐作戦」での1日の出撃回数は1100回だった。コソボ空爆でも平均138回だ。オバマ氏の空爆は、行動していると見せ掛けるには十分だが、成果を上げるには不十分だ。

 オバマ氏の優先事項はほかにある。例えば気候変動だ。オバマ氏は気候変動は「未来への最大の脅威」と捉えている。グアンタナモの収容施設の閉鎖も重視している。オバマ氏は、パリ同時テロの翌日、5人の収容者を釈放するなど、グアンタナモ閉鎖には熱心だ。オバマ氏は、グアンタナモは格好のテロリスト募集ツールになっていると繰り返し言ってきた。今もそう思っているようだ。だが、「イスラム国」がテロリストの募集に大成功したのは、残虐性、虐殺、奴隷化の模様をありのままに撮影した動画のせいだ。若いイスラム教徒が欧州を去り、「イスラム国」に加わるのはグアンタナモが原因だなどとは誰も思っていない。

 オバマ氏は、イスラム教を「暴力的過激派」と関連付けられないようにすることにも熱心だ。「イスラム国」は「栄光を夢見る殺人者」にほかならない。オバマ氏は、これらの人々がなぜ殺人を犯し、自ら進んで死んでいくのかを理解することはできない。「イスラム国」の目的は、イスラム過激派の至福千年の到来を意図的に早めることにある。つまり終末論だ。そのために、かつてないほど大規模で危険なテロ組織を作ることを目指した。

 オランド大統領は、「イスラム国」を殲滅(せんめつ)するために真の連合を組もうとしている。一方のオバマ氏の65カ国の連合は見せ掛けだ。第2次世界大戦後の11人の大統領にとって、米国の果たすべき役割は連合国を率いることだった。その米国はどこに行ってしまったのか。次の大統領を待つしかない。

(11月20日)