シリア譲り渡したオバマ氏
アサド氏がロシア訪問
核合意で勢力を増すイラン
【ワシントン】クレムリンに意外な人物が現れた。シリアの独裁者で破壊者バッシャール・アサド氏だ。プーチン氏のお気に入りになったばかりだ。4年間、ダマスカスに閉じこもっていたアサド氏は、ロシアに呼ばれ、プーチン氏の前にひれ伏した。中東問題はワシントンではなくモスクワで解決されたと世界に表明し、ロシア主導で進行中の4カ国によるシリア乗っ取り作戦を公式に歓迎した。
戸惑ってばかりのオバマ政権は、ロシアが何をしようとしているのかを理解しているのだろうか。
オバマ氏は、ロシアはシリアの泥沼にはまってしまうと語ったが、ロシアはアサドに代わってシリアを支配しようとしているわけではない。アサド政権が支配している約20%の国土に、残部シリア国家を確立しようとしている。ダマスカスからラタキアを通って北と西に広がるアラウィ派の地域で、そこにはロシアの海軍基地を擁するタルトゥスがある。
分割だ。内陸の北部と東部は「イスラム国」が支配することになる。だが、これは失敗する。
プーチン氏のさらに広範囲に及ぶ戦略も明らかだ。過去のソ連帝国を再建するつもりはない。手に余る大仕事だからだ。国境を越えて影響力を行使できる能力を立て直すことが目的だ。クリミアを併合して祖国に取り戻し、ピョートル大帝以来求めてきた凍結することのない黒海の港を支配した。アラウィ派の残部国家を強化すればロシアは、地中海東部に海軍、空軍基地を確保できる。さらにロシアはカスピ海の艦艇から新型巡航ミサイルを発射し1500㌔先のシリア反政府勢力を攻撃し、冷戦以来のロシア軍の能力を効果的に誇示した。
当然ながらオバマ氏にとってこれらは重要なことではない。国連で先月、「現在の世界で、強さの尺度は、領土の支配で定義することはもはやできない」と語った。この夢物語を本気で信じていることは、イラクを完全に放棄し、この地域への影響力行使に利用できたはずの基地を手放したことを見れば明らかだ。イラクの空域を支配すれば、弱体化するアサド政権にイランが兵器を提供し、強化することを阻止できるはずだ。
オバマ氏が正義による倫理的世界を夢見ている一方で、プーチン氏は行動している。イラン核合意が交わされて間もなく、イランのカセム・スレイマニがモスクワを訪問した。制裁違反だが、米国は黙っていた。多国間でのシリア作戦を練るための訪問であり、この作戦が現在進められている。スレイマニ氏のシーア派の遠征軍は、イランの革命防衛隊から成り、イラクのシーア派民兵とレバノンのヒズボラはロシア空軍の支援を受けている。
攻撃の標的は「イスラム国」ではなく、その多くは、米国と、オバマ氏自慢の60カ国の連合国から装備を受け取り、訓練と支援を受けた勢力だ。その勢力が1日60~90回の空爆を受けて、大打撃を受けている。
ロシアの直近の目標はアレッポの奪還だ。アレッポ東部は反政府勢力が支配する最後の都市部だ。
ロシアは「イスラム国」とは戦っていない。その逆だ。反政府・反「イスラム国」勢力が攻撃を受けることで、「イスラム国」は拡大し、反政府勢力が支配していたアレッポ北部の村々を奪取している。南からはシーア派の遠征軍が近づいている。
オバマ氏のロシアとの「リセット外交」という夢は破綻した。今度は、現状から見て、イランに関するオバマ氏の夢、つまり核合意でイランは穏健化するという夢がどんなにばかばかしいものであるかを考えてみたい。
7月の合意調印後、何が起きただろうか。イランは米国人ジャーナリストをスパイ容疑で起訴し、いかなる人道的な態度を取ることもあざ笑うように拒否した。核搭載可能な弾道ミサイルの試射を堂々と行った。米国連大使は国連決議違反だと指摘した。そして今、イランの悪名高い革命防衛隊が、汎シーア派軍を率いて、欧米が支援してきたシリア内戦の残存勢力を殲滅(せんめつ)しようとしている。
オバマ氏はこれらにどう対応しただろうか。何もしていない。依然として世界の原油産出・取引の中心であり、世界で最も不安定な地域であり、残虐な聖戦主義者らが聖戦を域外に拡大しようと躍起になっているこの地域から手を引いた。窮地から脱し、近寄らないことだと言うかもしれないが、ロシアとイランはその窮地に入っていった。
オバマ氏は「60ミニッツ」で、ロシアに指導的な地位を譲り渡しているが、という質問に対し、これを否定して、弱い同盟国一国を支援することは指導的な地位ではなく、私は気候変動で世界を率いていると答えた。
これを聞けば、紛争地域にいて米国を信じてきた人たちが、荷物をまとめてドイツに向かうのは当然だろう。
(10月22日付)