共和党は泥仕合から脱却を

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

足引っ張る移民問題

トランプ氏優勢で民主有利に

 「この点は、私が取り上げ、発表するまで、誰も思い付かなかった」

 ドナルド・トランプ氏の共和党討論会での移民についての発言、8月6日。

 【ワシントン】誰も思い付かなかったと言うが、移民問題は何年も前からずっと争点になってきた。共和党内でも激しい議論が戦わされることがよくある。トランプ氏は最初、メキシコ人移民は本当にレイプ魔なのかと演説を行い、今ではそれとは微妙に違う見通しを描いている。これによってトランプ氏がこの問題に新たな視点を提供したのは確かだ。

 そのうちのほとんど、ビザの追跡、就労者ステータスチェックシステム、不法移民の多い都市への補助の凍結などは、以前から取り上げられてきた。「万里の長城」を築く案も特に目新しくはない。私も個人的には、2006年以降、同じことを主張してきた。この議論の中で重大なのは、トランプ氏の二つの新政策、①出生地主義の廃止②大量国外退去だ。

 出生地主義

 米国で生まれれば、米国市民になる。憲法修正第14条にはそう書かれている。廃止には、この難解で、まるっきり新しい法解釈をやめ、憲法を改正することが必要だ。長い時間と大変な政治的努力が必要だ。共和党は、何十年間にもわたってヒスパニック系米国人に嫌われることになる。

 何のために改正が必要なのか。出生地主義は、原因ではなく結果だ。国境が管理できるようになれば、出生地主義による子供の数は激減する。憲法修正に必要となる時間と労力を、国境管理に向けることができる。

 だが、真の問題は、出生地主義ではなく、それによって生じる移民の連鎖だ。1人の赤ん坊によって、村一つ輸入することになる。

 だが、移民の連鎖は、憲法上の権利によるものではない。法律と規則が招いたものだ。これなら容易に変更可能だ。無謀な憲法修正ではなく、法律と規則の改正に注力すべきだ。

 大量国外退去

 トランプ氏は16日、NBCのチャック・トッド氏に、全不法移民を退去させるべきだと語った。一度退去させた上で、「善人」を戻らせるという主張だ。

 常識的に考えれば、狂気の沙汰だ。まず「善人」を選び出し、その後にSWATを送り、家族ごと家から追い出し、バスに乗せ、リオグランデ川の向こう岸に放り出せばいいと思うのだが。メイフラワー号を出して「善人」を連れ戻さなくて済む分、かなりの節約になる。

 もう少し真面目に考えてみる。保守系のアメリカン・アクション・フォーラムの試算によると、大量国外退去で1100万人を送還するには、警察、判事、弁護士、執行官を動員して、20年という期間と、5000億㌦もの予算が必要になる。バスドライバーも必要だ。

 倫理的に問題があるだけでなく、ばかげている。1100万人を力ずくで追い出すなどあり得ないし、すべきでもない。当然、実施されることはない。だが、共和党のトップランナーが言うと、他の候補は反応せざるを得なくなる。そのため、国境警備、外国人労働者プログラム、保護区について倫理的、政治的にしっかりした主張を持っている共和党候補者らも、この不快な夢物語について議論せざるを得なくなっている。

 これは、共和党にとっては政治的に害悪でもある。ミット・ロムニー氏はヒスパニック票を44ポイント失った。ロムニー氏が主張したのは自主退去だけだ。ところが共和党は、強制退去の議論を行っている。

 阻害されているのはヒスパニックだけではない。ロムニー氏はアジア人票も失った。47ポイントもだ。少数派とは言えないような大きなグループの多くが、この1100万人退去計画に反発するだろう。このうちの大多数は、法を順守するコミュニティーの一員だ。

 トランプ氏が自説を披露するのは自由だ。優れた演出の才能、率直な物言い、高い支持率、どれも自身で手に入れたものであり、誰も文句は言わない。だが、共和党や保守派の誰かを葬り去るやり方には強く反対する。何の権利があってこんなことをするのか。国民が決めることだ。

 と言っても、候補者が通常受ける監視をトランプ氏に向ける必要はないとか、トランプ氏出馬による保守派への影響について考えるべきでないと言っているわけではない。米国の将来に危機感を持ち、ホワイトハウス奪還を望む保守派なら、トランプ氏の優位がどのような影響を及ぼすかを心配すべきだ。

 民主党の最有力候補は苦戦している。共和党には有能な候補者らがいて、大統領ポストを奪還できる可能性は高い。移民のような問題で泥仕合をしていては、奪還が難しくなるだけであり、共和党候補者らも望んでいないはずだ。

 トランプ氏が招いているのは、怒りやフラストレーションだ。「もう、頭にきた」と言ったところで収まりはしない。ヒラリー・クリントン氏を有利にするだけだ。

(8月21日)