計算ずくの個人メアド使用

チャールズ・クラウトハマー米コラムニスト  チャールズ・クラウトハマー

ヒラリー氏に不透明感

ホワイトウォーターが契機

 【ワシントン】リチャード・ニクソン氏がテープを燃やしてしまっていたら、ウォーターゲート事件を乗り越えられていたかもしれない。大混乱にはなっただろうが、決定的な証拠はないからだ。ヒラリー氏は、ニクソン氏の捜査が行われていたころまだ若く、下院司法委員会の職員だった。クリントン氏はこの事件を見て、学んだ。

 現在では、実際にテープを燃すことはない。代わりに電子メールを削除する。ヒラリー氏は3万件のメールを削除したが、当たり前のことをしただけとでもいうように証拠隠滅という批判を否定した。「残しておく理由がなかった」、つまり、プライベートなメールだったから、ヒラリー氏はそう断言した。

 本当のことは今後もずっと分からないのだろう。信じるしかないのか。

 だがそれも難しい。ヒラリー氏の過去を見れば明らかだ。ウィリアム・サファイア氏は1996年に「あらゆる政治的信条を持つ米国人が、わが国のファーストレディーが…生まれついてのうそつきだという悲しい現実を認めるようになる」と述べた。だがそれだけではない。10日の緊急記者会見での発言からみてもそうだ。個人メールとしてヒラリー氏が挙げたものの中には「夫と私との間の個人的なやりとり」があった。ところが、その日にウォール・ストリート・ジャーナル紙が報じたように、ビル・クリントン元大統領の報道官は、ビル氏はこれまでに2通のメールしか送ったことがないことを明らかにしていた。一つはジョン・グレン氏宛て、もう一つはアドリア海の米軍宛てだった。

 ヒラリー氏はもう一つ重要なことを語った。メールが入っているサーバーは、ヒラリー氏自身が所有し、管理し、保管し、「今後も私個人のもの」というのだ。要するに、誰もこのサーバーには近づけないということだ。

 ヒラリー氏がこれを学んだのはウォーターゲートからではない、ホワイトウォーター疑惑からだ。ビル氏は、ホワイトウォーター特別検察官の任命にしぶしぶ同意した。ヒラリー氏は強く反対した。捜査の権限を一度与えれば、その後の捜査が自由に行われるようになるのではないかと恐れたからだ。クリントン家の場合、ルインスキー・スキャンダルが起きた時、特別検察官はこの件も捜査対象に入れてしまい、ついには弾劾騒ぎにまで発展した。

 ヒラリー氏はこの時、二度と自由な捜査は行わせないと心に誓った。これが、国務長官になる前から自分だけでメールを管理してきた理由だ。

 ヒラリー氏の言い訳は見え透いている。メールを自身で管理しているのは、他者に見られなくするためであることなど誰にでも分かることだ。国務省の職員らのメールは政府のものだ。個人的なものかどうかは記録担当官が判断する。ヒラリー氏は自分で判断していた。

 この規制の核心は政府の透明性の確保にある。だが、サーバーを個人で所有すれば、不透明になる。

 メールはヒラリー氏自身が所有しているため、議会、令状、情報公開法による文書の公開要請はすべて、ヒラリー氏の弁護士を通すことになる。弁護士は終わりの時まで、つまり何よりも重要な2016年大統領選の日まで時間稼ぎをする。

 見事な政治的計算に基づいている。ここ数週間の騒ぎはいずれ過ぎ去る。将来、メールが公開されて起きる可能性がある混乱に比べれば大したことはない。その上、4月1日ごろから、クリントン家支持者らは、騒動すべてを「過ぎたこと」として片付け始める。

 しかし、これ以上何も見つからなくても、ダメージは残る。いずれ、支持者らも、ヒラリー氏は何をもとに行動してきたのか、その過去について問い始めるはずだ。

 ヒラリー氏にとって過去とは何だろうか。主要なポストは三つある。まず国務長官だが、4年間の間の実績を一つでも挙げられるだろうか。上院議員は8年間務めたが、その間の実績らしいものは見当たらない。ファーストレディーの8年間の実績として一つ挙げられるものがあるとすればヒラリーケアだ。だが、これは失敗した。

 実際にヒラリー氏が活動のもとにしてきたものは二つある。性と名だ。性別を軽く見てはいけない。そのおかげで民主党の候補になれるのだから。名前も重要だ。1990年代の穏やかだったころを思い出す。平和と繁栄、混乱の歴史の中で一休みできた10年間だった。

 だが、今起きていることを見ると、あのクリントン時代を含む10年間がいかに不毛だったかが分かる。ごまかし、退廃、責任逃れ、勝手な言葉の解釈、だじゃれ。この二つの遺物からヒラリー氏は逃れることはできない。それらはヒラリー氏の上に永遠に影を落とし続ける。

 誰もが感じる古傷の痛みだ。いずれ始まるが、すぐではない。今感じているのは、「早期発症型クリントン疲労」だ。疾病対策センターなら慎重に予防策を講じることを勧告するだろう。だが、そんなことはどうでもいい。唯一の治療法は、エリザベス・ウォレン氏だ。

(3月13日)