世襲、留任、露新内閣に批判

期待しぼむ大統領の経済指令

 ロシアのプーチン大統領は、世界5位以内の経済大国を目指し、経済や社会福祉を飛躍的に発展・強化することを柱とする「5月指令」を発表した。野心的な目標に国民の期待が高まったが、その後に発表された新内閣に新鮮味はなく、期待は一気にしぼんだ形となった。
(モスクワ支局)

W杯熱狂が終われば閉塞感

 ロシアのプーチン大統領は5月6日、4期目の就任式を盛大に行った。その翌日の7日、プーチン大統領が発表した通称「5月指令」は、ロシア経済・社会の停滞を打破する野心的な目標にあふれていた。

 正式には「2024年までのロシア連邦発展への国家目標と戦略的課題」と名付けられた5月司令は、①人口の増加②国民生活水準の向上③生活環境の整備④各人が才能を発揮できる環境の整備――など、人々の生活向上を目指すことを明確に謳(うた)っている。

 その上で政府に対し、①平均寿命を24年までに78歳に(17年の平均寿命は72歳。また、30年までに80歳に)②貧困層を半減③科学技術開発の加速④ロシアを世界5位以内の経済大国とする⑤教育水準を世界10位以内に向上させる⑥世界に伍する科学・教育センターを少なくとも15カ所創設する――など、具体的な数値目標の達成を指示した。

 このほか、環境問題の解決、安全な自動車専用道の建設、住宅建設の増加、出生率の向上などにも言及している。

 対露経済制裁などの影響で輸入品を中心に物価が上がり、庶民の生活は苦しくなりつつある。そのような中で、国民生活の向上という明確な目標を掲げた5月指令は、政治・経済を良い方向にリセットするものとして、普段は政治に関心がない人々にも大きな期待を抱かせた。

 だからこそ、この5月指令を実現するために働くことになる新内閣の顔ぶれに、国民の注目が集まった。

 しかし、18日にプーチン大統領が承認した新内閣は、多くの閣僚を留任させたものだった。国民の目からすれば、ロシアの経済・社会の停滞を招いた前内閣が、ほぼそのまま残った形であり、5月指令への期待は一気にしぼんだ。

 それだけではない。新内閣では、ロシアで指摘されている“階層社会化”を如実に示した人事が行われたとして、批判が高まりつつある。ここで言う階層社会化とは、政治・経済のエリートらの子や孫が、国家や国営企業などの高位の役職を得ることだ。

 今回の組閣で、ニコライ・パトルシェフ前連邦保安局(FSB)長官(66)=現安全保障会議書記=の息子であるドミトリー・パトルシェフ氏(41)が、農相に就任したことに批判が集まっているのだ。

 プーチン大統領の側近グループ・サンクトペテルブルク人脈の一人ニコライ・パトルシェフ氏は、エリツィン時代末期の1999年に、エリツィン大統領がプーチンFSB長官を首相代行に任命したことに伴い、その後任に就任した。プーチン大統領からの信任は極めて厚い。

 もっとも、その息子ドミトリー・パトルシェフ氏の農相就任について、役職に見合った実力が伴っていれば、批判を浴びることはないだろう。

 ドミトリー・パトルシェフ氏は10年、32歳でロシア第4位の銀行である農業銀行の理事長に就任した。農業銀行は本来、農業分野の振興のための銀行だが、実際には不動産などへの貸付を増やしている。

 その影響もあり農業銀行は16年、約590億ルーブル(約940億円)の赤字、その前年には約700億ルーブル(約1400億円)の赤字を出した。ただ、これだけの赤字を出しながらも、ドミトリー・パトルシェフ氏は16年、ロシア銀行協会から「バンカー・オブ・イヤー」に選出されている。

 ロシア社会の閉塞感は、経済の停滞だけでなく、プーチン大統領を取り巻くエリートらが、国家や国営企業などの主要ポストを“世襲”させ、階層社会をつくり出していることからもたらされている。

 ロシアでは6月14日から約1カ月間、FIFAワールドカップが11都市で開催され、国全体がその熱気に包まれる。その熱狂が冷め、人々が閉塞感漂う現実と改めて向き合ったとき、政権はその不満にどう対処するのか。

 社会学者などからは、政権がさらに国民の愛国心を鼓舞し、不満を国外に向けさせる試みが広がる可能性を危惧する声も出ている。