基金創設で躍進する欧州防衛
国境超え協力企業を財政支援
共同研究・開発を奨励
2017年、欧州連合(EU)は、新たな防衛基金の創設をもって、これまで考えられなかった第一歩を踏み出した。つまりEU自身が欧州防衛産業の奨励を開始したのだ。これによってEUは欧州防衛を自らの土台の上に構築し始めたのだ。それまでEUの共同防衛は、いわばカタツムリのペースでしか前進しなかった。しかし今やEUは、鳴り物入りの大宣言に代わって、新たな欧州防衛基金の創設をもって大躍進が期待されている。欧州委員会はこの基金をもって、防衛装備とテクノロジーの共同研究・開発を奨励するのだ。この共同歩調の先行きは好ましい印象を与えている。なぜなら、例えばトランプ米大統領は、北大西洋条約機構(NATO)の欧州メンバー諸国の自立化と防衛費の増加(国内総生産の2%)を要求しているからである。欧州をめぐる安全保障環境に鑑みて、もはやEU諸国は、逃げ隠れできる状況にないことは明らかである。
16年11月、EUメンバー諸国は、共同安全保障および防衛政策のための新日程を決定した。つまり欧州防衛基金は、欧州防衛に新たな土台を提供すべき基石の一つなのである。ここで欧州委員会は、初めて防衛政策の領域で積極的になったのである。それまでEUメンバー諸国は、防衛問題を大幅に自国内で解決していたのである。
さて欧州防衛基金のアイデアは極めて単純である。つまり欧州委員会は、防衛研究、プロトタイプの開発ならびに防衛装備および防衛技術の購入への投資を調整し、補完し、かつ強化する。これによって欧州委員会は、EUメンバー諸国と防衛関係企業が支出を制限し、かつコスト効果を高めるための支援を行うのである。
これによって欧州委員会は、二つの問題に対応する。第一の問題は、欧州におけるいかなる国家も企業も財政的に単独で次世代の無人機、軍艦あるいは他の装備品を開発することができない事実である。現在、軍事研究・開発費は極めて高額で、しかも時とともにますます高額になる。しかもこれまで欧州の軍事研究・開発支出は、軍事総支出の20%程度にとどまっている。これに対しアメリカは約30%である。この支出の蓄積の差が軍事競争力の差となって表れるのだ。
第二の問題は、欧州の兵器市場の分裂状態の現実である。つまり欧州兵器市場では、諸国が必ずしも積極的に相互協力・相互調整を行わず、どちらかといえば、単独行動を取っている事実である。原則的にEU諸国は、軍事支出を国家単位で行っている。従って例えばEUでは、約17種類の戦車が存在し、これに対しアメリカでは1種類の戦車のみが存在する。さらに欧州では約178種類の兵器システムが使用されているのに対し、アメリカではわずか30種類の兵器システムしか存在しない。しかも欧州委員会の積算によれば、EUメンバー諸国は、軍事支出を年間30%以上節約できる。相互協力の欠落は、EUメンバー諸国に年間250億から1000億ユーロの支出増を強いている。しかも現実に装備品の80%、軍事的研究・開発支出の90%が国家レベルで行われている。
これに対し欧州防衛基金は、兵器の研究・開発に際して、国境を超えて協力する企業を財政的に支援する。一方で複数の諸国からの複数の企業が協力する場合、財政支援を受け、他方で欧州防衛基金は、他の諸国と共同で防衛装備品を購入する場合に財政支援を行う。
欧州防衛基金による奨励対象は、軍事の研究・開発もしくは購入の2領域である。研究奨励措置は既に開始され、ロボットテクノロジーあるいはソフトウエアが対象とされている。委員会は17年から19年の間に諸企業にEU予算から9000万ユーロ支援し、20年からは毎年5億ユーロを支援する予定である。防衛装備の開発と購入のために委員会は、19年から20年の間に5億ユーロを計上し、20年以降は毎年10億ユーロ計上する予定である。対象プロジェクトは、無人機テクノロジーの共同開発とヘリコプターの購入とされている。計画によれば、欧州防衛基金が総額の20%を引き受けるとされている。
EUメンバー諸国の欧州防衛基金に対する関心は高い。なぜなら各国は、なかんずく自国の軍事産業の競争力の欠落を憂慮しているからである。しかしながら、EUの軍事企業の協働を促し得るほどに十分な資金を欧州防衛基金がもたらし得るか否かが問題である。とりあえずは、プロジェクト総額の20%が関連諸企業に十分な利益をもたらすか否かが明らかになろう。また20年以降欧州委員会が毎年55億ユーロの予算計上ができるか否かも明らかになろう。その際には、イギリスのEU離脱による可能な収入減も考慮されなければならない。
これらの全てが考慮されたとしても、結論としては、欧州防衛基金の創設は正しい第一歩を踏み出していることは疑い得ない。なぜなら、EUがここで初めて欧州防衛のための自らの努力の中に防衛産業を取り入れたからである。
日本も、EUのこのような基金への参加を検討するか、あるいはこの基金を参考にして、アジア・太平洋地域の自由主義諸国を糾合して、アジア地域における軍事ソフトおよびハードのための共同研究・開発・購入のための基金創設の可能性について検討する価値はありそうである。
(こばやし・ひろあき)